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第十三話『三王会議』 3
「今動いているコルナウスが確認している例の船は、ここにいます。間違いはありませんか、アルグント陛下?」
ロウは言って、赤い石を指さした。地図上ではヴァリスコプの国内。狭い谷の中で、隠れるにはちょうど良い入り組んだ地形である。周囲には岩と崖以外に何もなく、少し離れた場所に小さな村があるくらいのところだ。
「ロ、っ……まあいい。……間違いない。フォロゴの船は、我々がルプコリスで見失って以降、必ず川沿いの町々で情報と物資の補給などを行うと考え、……それを利用して情報を流し、昨夜リーパルゥスの砦へと誘導させて捕捉。……その後、我らの監視に気づいてからはここから動いていません」
呼び方にアルグは嫌そうな顔を見せて答えた。それを眺めていたアウルクスは軽く笑っている。
安定しない口調を気にせず、ロウは白々しく続けて言った。
「声を使う種族と対峙するだけなら、平地の方が優位を取れる。声の影響が少なくて済みますからね。……ただ、陸を走るだけの者が翼のある者を相手にするならば、隠れる場所もない平地は不利となる。……加えて相手は全て船の中にいる、陸に揚げるより、船ごと捕らえた方が、早く済みます」
言いながら、ロウは新たに小さな色石を図面上へと置いていく。それは地図上で赤い石の置かれた地点よりも下流の、さらに狭い谷だった。
「相手の声の使い方は拙い。封じるのは易いが、一度喰らうと影響が強い。……あれは、耐性の無いものが食らうと厄介だ。……なので先手を打って封じたい」
ロウが地図上に石を置き終える。狭く細い谷の上に、色石が並んだ。
「風と水流で船を追い込めることができて、さらに声を反響させることができる狭い谷のある場所。……確かに、そんな場所はリーパルゥスにも、ルプコリスにも無いわね」
頷いて、ロウは言う。
「それを踏まえて優位を取れそうだと思った谷は、この三か所……。貴女には……一度でいい……俺とセイがこの候補の谷の上空を飛んで、地形と風を読む調査のための許可を出していただきたい」
「……それだけ?」
「はい。……風の流れも、地形も、この目で見たい。この地図じゃあ足りないんだ。国境をまたいで他国の将が飛ぶのは嫌でしょうが、せめて、谷の形状だけでもわかれば……後は」
すぐ終わらせる。ロウが言うと、リュラウェは渋い顔をした。
答えを出しかねているリュラウェに、声をかけたのはアウルクスだった。椅子に腰かけたまま、視線を向ける。
「……リュラウェ。私からもお願いするよ。君は少しの間、私たちの喧嘩に目を閉じて、見て見ぬふりをしていてくれないか。竜将が谷を見せろと言うことが不安なら、私の名の下に、君の国の領土に関して悪いことには使用させないと誓約書でも造ってあげよう。それでも君の国の家臣たちが何か言って来たら、今度は私の責任にしてくれてかまわないから」
「アウル!」
そこまでする必要はないというアルグを、アウルクスは止める。
「どうかな、リュラウェ」
視線は、このまま黙っていれば良し、しかし異論を出せばこの国がなにがしかの不利益を被るだろうと告げてくる。それはお願いという域を超えた、穏やかな脅しだった。
アウルクスはぴんと張った耳で彼女の答えを待つ。
対するリュラウェは、少し悲し気にため息を落とした。
「……アウルクス様。貴方も大概、嫌なところのあるお方ね」
「そうだろう? 自分でも嫌になる。――しかしね。このくらいの卑怯さがなければ王なんて務まらないものじゃないか?」
ひらりと、机に頬杖をつくアウルクスの尾が揺れた。穏やかな表情の中に、少しだけ冷たいものが混ざる。
リュラウェは苦笑しながら席を立つと、地図の上に視線を落とした。
「そうやって。みんな気を利かせて、私がいくさ事を嫌うから、遠ざけてくれようとするの。まだ私はみんなにしてみたら姫様のままなのだと思い知るわ……」
長い裾に隠れた細い指先が、するりと地図の上を滑る。石を置いた箇所ではなく、指をさしたのは国境付近の一点だった。
そこは、四年前にセイレーンの群れが降り立った場所。ロウとセイにとっては、その後の立場を大きく変えた、転換点。
「……あの時もそうだった。父上を失脚させた後すぐだったから、余計に。血生臭い話にわたくしを近づけたくなかったのでしょう」
リュラウェはロウにそういうと、ため息を一つこぼした。
「本当は、わたくしも見に行きたかったの。貴方たちの飛ぶ姿を。でも話がわたくしの耳に入った時には、事が済んだ後だったわ。……それは見事に飛び回るセイレーンがいるっていうから。気になってはいたのだけど。……あの渓谷には誰も近づけさせてくれなかったし」
それで、なぜ討伐のために隣国が動いたことがわかっていながら、それを黙っていたのかと家臣を責めたら、その矛先がリーパルゥスへと向いてしまったのだと。リュラウェは、トキノへと謝罪を述べた。
「……おそらくは、わたくしを思っての家臣の判断が、巡り巡ってそちらへ責任を押し付ける形に行ってしまった。ごめんなさい……」
「いいえ。……それがわかればもう過ぎた話です。直接話ができて、私もほっとしましたよ」
トキノが微笑むと、リュラウェも綻ぶ花のように微笑んだ。
「……遠ざけた結果、他国がまた別の気を利かせてわたくしに直接話を持ってきた、なんて。……皮肉な話ね」
小さく残っていた緊張の糸が解れると、新たに生まれ、まだ残る本題が露わになった。
「家臣がどう足掻いても、目を逸らしたとしても、わたくし自身が見なければならぬことは、自ずと目の前に現れると言うことでしょう……。今回の件は、きっとそういうことなんだわ……」
顔を上げると、リュラウェは、またロウとアルグへと向き合った。目つきは真剣に、何かを決意したように鋭く、彼らを射抜く。
「いいわ。谷を飛ぶ許可は出しましょう。……でも、見て見ぬふりもしません。わたくしが出すのは追いつめる際に飛ぶためだけ。調査は、させないわ。貴方たちは良くも悪くも目立ちすぎる」
「リュラウェ」
呼び止めるアウルクスの声に、リュラウェは首を振って見せた。もう揺らがないという意思表示に、アウルクスはそれ以上何か言うことはできない。
「……ならば、どうしろと?」
アウルクスの問いに対する返答は僅かの間を置いて返らなかった。
長い裾を口元へと運び、何かを考えつつリュラウェは視線を図面から外さない。
「……どうしたら、いいかしら」
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