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第十三話『三王会議』 4
何事かをいくつか呟き、考えがまとまったのか、何かに思い至ったのか。決心がついたかのように金色の眼は図面から離れるとロウへ向いて、そしてセイにも向けられた。
「少し待っていただける? この風を書いたそちらの彼なら、見るだけで理解できるものがあるわ」
「……俺?」
セイに視線を向けてからリュラウェは部屋の外へと声をかけ、駆け付けた者に何やら持って来させるように告げた。告げられた方は少しばかりの戸惑いを見せたが、それも女王の一声で動き出し、足音は遠ざかって行った。
少しの間を置いて戻ってきたものに命じさせ、リュラウェはそれを卓上へと広げて見せた。広げた者は四隅にぴしりと重しを置いて、それから無言のまま部屋を後にする。彼らが部屋から出るのを見送ってから、リュラウェは卓上に釘付けとなっている者たちへ声を張った。
「御覧なさい。これは国内でも、限られた者しか見ることを許されないものよ」
それは、ロウが持ち込んだ地図の倍以上大きな図面であった。しかもそれは、谷の凹凸ひとつひとつ、平地の上の起伏の差、細かな小川に至るまで。すべてにおいて、ロウが持ち込んだ地図の絵とは比べ物にならないほど精密に描かれているものであった。
「……これ、は……」
卓上に広げられた図面を見て一同は驚きの表情を隠せない。
「ルプコリスにもここまで精密で大きな地図はないな。……ねえ、アルグ」
「ああ……」
「……すごいね、うんと高い所から地面を見下ろしているみたいだ、お前たちはこんな世界を見ているのか……」
トキノが溢すと、その後ろから地図を眺めるセイがため息を混ぜたような声で返す。
「……飛ぶにしてもこんなに広範囲を一度に見られるものじゃない。それこそうんと高いところまで上がってしまったらこんなに精密に描けるほど地上は見えないはず……。一体、なんだ、この地図……誰がこんな目を持ってるっていうんだ……」
セイが後ろ髪を逆立てながら、トキノが背伸びをして覗き込む後ろから、ロウが感嘆を混ぜつつ呟いた。
「蝙蝠の記録図か……。実物を見たのは俺も初めてだ。蝙蝠属に頼めば地表の情報を記録するだけはできる。しかしそれを適切な倍率で、正確に図面に落とし込む技術者が少ないもんだから数は少ないっていうが。……ヴァリスコプにはその技術者がいらっしゃるのか」
「ええ」
自慢げにリュラウェが答え、新たな図面に色石を置く。
「ここが、件の船のいるという谷。……お聞きするわリーパルゥスの竜将、それに、コルナウスのアルグ。……貴方たちはいつ、どのようにして追い込む計画でいるのかしら」
戦を嫌うという女王の眼が、戦で見せる将のものへと変わっていく。その血が持つ戦気質なのか、それとも彼女が抱え持つ宿命なのか。強い眼差しはいくさ事に対する怯えの色など一切持っていない。知識と経験を引き出して、彼女は地図面と向き合い始めた。
猛禽の眼が、まずアルグへと向いた。
「……我々が谷から出るよう挑発をかける。船の操舵をしているものはコルナウスの者だというのがわかったから、それに船を動かすよう合図を送ってみるつもりだ。我らの挑発に誘われて、セイレーンが出るならばロウと、セイに動いてもらう」
ロウは頷き話を受けた。
「俺たちは俺たちで、別方向からこいつらを探しに来たふりをして上空を飛びながら追いつめる。それに、セイレーンを相手にするなら、明るくなってからの方が良い。月明かりがあるとは言えセイレーンの翼は夜に溶ける。目立たないようにというなら夜間にしかけるのが最善だろうが、……俺はあんまり夜目の利く方じゃないんでね。夜戦になるならそれは避けたい」
意外という顔をして、セイがロウに目を向けた。
「得手不得手ってのはあるもんだ。……それに、俺の色は夜には向かないだろ」
ロウはそう言って、リュラウェに告げた。
「時間は日の出から早朝の間。アルグの言う作戦で、我らが優位を取れる場所を教えて頂きたい」
黄昏時の空色が返答を待った。向き合ったリュラウェは拾い集めた小石を地図の上に並べ、ロウが指定した谷に置き直す。
「わたくしが教えるまでもなく。貴方なら、どこが正解かわかるわよね、風読みのセイレーン」
声と視線は、最後、セイに向いた。
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