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第十三話『三王会議』 5
「……ああ、わかる」
セイの指が小石を拾い、該当しない箇所から石をどけていく。最後に残った小石の置かれた場所は、ロウの指定した中でも最も下流の小さな谷間だった。
「前の地図を見てロウと決めた中では、ここが一番だと思うけど……」
そう言ってさらにセイは小石を摘み上げ、少しだけ位置をずらして置き直した。
「……この地図で見るなら、ここがいい」
とん。と置かれた石の位置は、最後に残った谷から見ると少し上流に位置する小さな谷だった。最初の地図には細い小川として描かれていたそこは、精密な地図上では中型船が一艘入り込めるくらいの余裕がある川として描かれている。
「こんなところに……まだ谷があったのか」
そこにあるものとして認識していないまま他の谷を調査したとしても、見逃していただろうなと、ロウは口元を押さえて考える。
「それで。セイ、ここが良いと言う理由は?」
ロウに尋ねられ、セイは地図に視線を落としたまま答えた。
「この谷の形なら、広くなった本流の谷から風が吹き込んで、谷の中で一気に強くなるはずだ。俺がここを飛ぶとしたら、風に逆らって谷の口まで戻るよりも、上流部まで風に乗って行ってから上昇気流を掴んで抜ける道を取ると思う。そっちのほうが早いし、疲れないから。……それに、谷の上は日陰になりやすい場所だから、陽が高くなっても風の向きは大きく変わらないはずだ」
セイの指先が小さく動く。それは風切り羽を動かすしぐさだった。船の走る位置、自分たちの飛び回れる範囲。太陽の向きと影の位置。それらを頭の中に広げ、セイは地図の中を飛んでいる。
「だけど俺は船の事はわからない。……もしここ以外に適した場所があるなら、教えてくれ」
「……ありません。そこが最適解です」
セイの問いと小さな仕草を視界の隅に捉えて、リュラウェが結論付けた。
「今の時期ならば水量が増えているから、より船は谷の奥まで進んで行くわ。たとえ船が帆を閉じて風を逃がしても、川の水量より押し上げてくる海の力の方が強い。……入ったが最後、そう簡単には出られないはずよ。……だから我が国の船乗りたちは、特にこの時期この谷には近づかないと聞きます」
この場所をリュラウェはどう教えようかと悩んだはずだ。ロウの持ち込んだ地図には最適解の谷はまともに描かれておらず、現地を見せる許可を出したとしても様々な支障が生じる可能性が捨てきれない。人気が少なくなっている場所ではあるが、人目につかない保証はない。
悩んだ末に、一目でわかるとは言え国の宝ともいえるであろう蝙蝠の記録図を見せるのも、躊躇いが無かったわけではあるまい。
それらを汲んで、ロウは深々と頭を下げた。
「感謝いたします、女王陛下」
顔を上げ、ロウはアルグへ目を向けた。この場で決まりだと伝えれば、アルグも肯き地図上へと目を向け直す。
「アルグ。コルナウスへ指示を。俺たちならすぐ飛べる」
「わかりました」
今すぐにでも動けると言う彼らに向かい、リュラウェが意味深な笑みを見せながら待てと告げ、さらに付け加えた。
「焦ることは無いわ。この谷を使うならば、あと二日お待ちなさい」
「……二日? 何かあるのか」
アルグの問いに、リュラウェは答える。
「広い範囲で天候が変わる。それが落ち着けば貴方たちの優位になるような風が吹くわ。水もそれに合わせて、貴方たちの味方につくことでしょう」
セイはまさかという顔でリュラウェを見やり、他の者たちは疑問と困惑を混ぜた顔で若き姫王をそれぞれに眺める。
「我が国が培ってきたものの力、信じて頂けるならば、あと二日、お待ちなさい」
自信ありげに告げた彼女の言葉を以て、王の集う会議は幕を閉じた。
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