第十四話『災いと祝福』

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第十四話『災いと祝福』

 それを見ながら少し笑うと、ロウはふと遠くを見る。視線の先はまだ雨に煙り、雨音が静かに聞こえるだけである。  ロウが見るのはそれより先。今は遠く、別れを告げた山脈の向こう。 「そういえば……」 「何だい?」  思い出したことがあると言って、ロウは椅子の肘掛けに肘をついて頬杖をついた。 「俺はルーテにいた頃何度か戦に駆り出されていたんですが……。その初陣の相手が、確かフェンリルが率いていた軍だったなあと……」  突然始まった昔話に、アウルクスもアルグも耳を傾ける。 「敵軍の種族は狼属じゃなかったはずだ。帝国の端にある小国に細々暮らしていた少数部族でね。それが、数年の間で頭角を現して、小国を治めてた諸侯を筆頭にして帝国から独立しようと、帝都近辺まで攻め込んできた」  ロウは記憶をたどる。 「地の利に長けていて、少数勢だっていうのに一気に重要な地点を占拠して。……あの部族はそんなに警戒するほど強い奴らじゃなかったのに、おそらくフェンリルが入ってきたことで新たな兵法と戦略の知識を得たんでしょう。初戦はこちらの惨敗でした。何度かぶつかって、最後はどうなったんだったか……」  何しろルーテはあちこちで戦があり、綺麗に片付いた例は少ない。ただ、二度と戦いたくはない相手だったということだけは思い出せると、ロウは思い出話に出来るようになった昔の事を口にする。 「あのとき、ルーテ国内に入り込んだフェンリルは確かに災いをもたらしたと言えるでしょう。……だが、災いを被ったのはルーテの守りに徹していた俺たちだけで、受け入れた部族は変化と強化と、新たな知識と価値観を得た。帝都に牙を剥くだけの不満があったあっちにしてみりゃ、その変化は祝福だ」  何が言いたいかわかるかと、ロウは笑みを見せて二人に向き合った。アウルクスはそれに何かを察し、アルグは眉間にしわを刻む。 「あんたも怖いか。これと思うところに居場所を構えることが」 「なに……?」  何でもないと細くため息を溢してから、ロウは続けた。 「なあ。アルグ。……これはアウルクス陛下の言う『友人』という立場で言いたいんだが。…………やっぱりあんたは、コルナウスを率いるより、もう一人の王として王城にいるべきだと俺は思う」 「何ですか……、改まって」  その言葉に少しだけ嫌そうな顔を見せるアルグに対し、くつくつと肩で笑うと、ロウは柔らかく優しい言葉の棘を刺す。 「そこにあれば、あんたは間違いなくルプコリスに祝福を与えられる。その力がある存在なんだと言ってるんだよ」
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