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第十六話『夜明け前』 2
「?」
僅かな間を置き、話が逸れたと言ってロウは気を切り替えると、コルナウス側へと問いかける。
「それで、コルナウス側は」
「それは、私から」
問われ、答えたのはコルナウスの集まりの中で先頭にいた黒と銀が混ざる毛色をした女であった。彼女は、先ほど報せに来た狼だ。
「我々は、三部隊に分かれて行動しております。第一部隊はここにいる我らが先鋒隊として船を誘導。第三部隊は現在件の谷へ向かわせており、夜明け前には谷に到着し配置を済ませるよう伝えました。……第二部隊は追い込む道順に配置済み、第三部隊に状況報告を伝えつつ、我らと合流していきます」
女隊長は滑らかに答え、さらに続けた。
「谷に差し掛かったところで退路を断ち、全隊をもって船を襲撃。……大まかに言うならばこの流れでございます。……さらに細かい説明が必要でございましょうか」
「いや、充分だ。逆にそちらから確認したいことはあるか」
コルナウスの女隊長は問われると、少しだけ戸惑いがちに、ひとつだけ、と答えた。
「閣下は躊躇いが無いご様子ですが、……本当にあの船に集うセイレーンを殲滅せねばならぬとお考えですか」
それは隊全体の疑問だったのか、彼女の背後に整列していた者たちの中からもロウへ向ける注目がさらに強くなった。
「セイレーンは保護対象の種だから、殺さずにいられるなら助けろと? 助けてどうする、俺がセイをそうしたように、お前たちの戦力にでもするつもりか?」
ロウの柔らかな警告に、女隊長は首を振って答えた。
「いえ。我らにセイレーンを飼い慣らせると思えません」
ならば何かと促す視線に、言葉が続く。
「……国を守るに必要とあらば、我らは殺しを厭いません。フォロゴに関しては我らの牙、余すところなく向けられる覚悟ではあります。しかし、奴に組するセイレーンたちが我が国の民を襲ったという話は耳に致しましたが、現在確固たる証拠はありません。……ですので、それ以外での理由が知りたく。……閣下。その殲滅、こちらから始める以上は、我らコルナウスの誇りに反せず済みましょうか」
「セイレーンのことは何も考えずこっちに任せろと、言うだけでは不服か。……まあ、それもそうだな、その場に居る以上は、理由を知っておく権利はある」
ロウはうんと頷き答えた。
「わけもわからん一方的な蹂躙は俺も好みじゃない。されるのも、するのも、させるのもだ。……もちろん降伏の呼びかけはしてみるさ。だが、あまり効果は期待できんと思う。残念だがな」
「……その根拠は?」
「先日我が国の砦を襲撃してきた時点で、主力と思えるセイレーンの娘に声はまともに届かなかった。……あれが数日のうちに改善しているとは到底思えない……おそらく、他のセイレーンもだ。しかもそいつらはもっと状態が悪いと俺は考えてる」
「状態?」
彼女を含め、隊の者たちも黙って返答を待っている。
「貴殿も軍人なら、……名高きコルナウスの者ならば余計に、獣人を怪物に変えてしまう禁忌の行いくらいは知っているだろう」
ロウが静かに問いかけると、女隊長は表情を変えた。
「それを、あの船にいる者たちが受けていたと……?」
彼女の言葉に、ロウがちらりと横を見た。アルグに向いた視線は、話をしていなかったのかと責めるそれだ。
「……アルグ」
「彼女たちにはずっと船の監視を続けさせていたので通達が遅れてたんですよ。……私もヴァリスコプに足止めされてましたから。あぁ、あの晩私と行動を共にしていた者たちは第二第三部隊の連中です。彼らには話は通ってますのでご心配なく」
話が遅れてすまないと加えて、アルグが告げた。
「フォロゴに買われる以前から、あの船のセイレーンがそういった環境下にいたことは十分考えられる」
彼女は驚き、耳を立てて自分の主へと向き合った。
「では……、」
何かを言いかけて、彼女は言葉を呑んだ。
「そういうことだ」
「……」
殲滅する事が正しいのかと問うた言葉を自身の中で否定しなければならなくなり、生じた僅かな感情の揺らぎを深い呼吸で落ち着かせる。
「それならば、致し方ありませんね……」
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