第十六話『夜明け前』 4

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第十六話『夜明け前』 4

 夜明けが近いと言うアルグの言葉に、誰もが東の空へと視線を向けた。風の気配が変わり、谷底へ向かう風が足元を撫でていく。  ロウは息を吸い込むと、コルナウスの兵たちに向かって声をかけた。 「俺たちには、ルプコリスの追う男に対して直接何かする権限は無い。生かすにしろその場で殺すにしろ、それはアルグント陛下の命に従わせていただこう。だが、セイレーンに関しては俺たちの領分だ。さっき言った通り、助けたいと思ってもお前たちが半端に手を出してくれるな。相手はお前たちを喰らいにかかるかもしれん。……そこを咄嗟で守り切れるほどこっちに余裕はないからな」  言うと、コルナウスの兵たちは黙って肯いた。それを見てロウも頷き、深呼吸をすると僅かな間を置いた。 「最後に。これは守りのまじないだとでも思って聞いてくれ」  声に、力が混ざるのをセイの耳が感じ取る。  よく通るロウの声が、夜の終わりの空気に溶けた。大きく張り上げたでもないのに聞き流すことのできない声に、ぴ、と狼たちの耳が立つ。 「あいつらはおそらく、自分たちに従えと、言うことを聞けと、お前たちを誘ってくる言葉をかけてくるはずだ。もしかしたらもう少し攻撃的な言葉を言うかもしれん。だが、そんな声を耳にしても、お前たちは、お前たちが信じるもののために動け。お前たちが守ろうと思うものに従え。国でも、王でも、我が子でも、惚れてる相手でも、それすら無いならコルナウスである自分自身という誇りでもいい。声を聞いたらすぐにそいつを思い出せ。従わないという強い意思を持って弾き返せ、今のお前たちになら、それができる」  ロウが短く息を吸った。喉の奥に意識を向けて、声を放つ。 「リーパルゥスの竜将の名において約束しよう。我が声は、我が言葉は、必ずお前たちを守る」  ぴり、と強い緊張が走った。強い獣の気配に乗せたロウの声に力が宿る。 「心配はいらない、難しく考えることもない。お前たちは、お前たちの信じる者を信じていればそれでいい」
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