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第十八話『殲滅の果て』 1
船は操舵師の機転によって岩礁の上に乗り上げた。船底を岩が捕らえ川の流れと風の勢いで身動き一つ取れない状態。
また一つコルナウスの上げる狼煙の声が谷に響くと、両岸から船に向かって一斉に太い縄梯子が投げ込まれた。金属の鉤の付いた縄の先は船のいたるところに爪を立て、狼たちを招き入れる。船の下からも小舟に乗って乗りつけたコルナウスの兵たちが新たに侵入経路を作っているところだった。
狼たちより一足早く、縄梯子のかかる前に獣型の翼で一気に船へと乗り込んだロウは素早く獣型を解いた。解いてすぐ姿かたちを作り変えたのは、人型ではなく半獣型。
獣人が接近戦でとる姿は、この半獣型が多い。獣としての身体能力を、人型の可動域で発揮できるからだ。鍛えられた者であるなら、身体の任意の箇所だけを獣型にすることもできる。
翼はなく、両手両足の空を蹴る爪と骨をも砕く強靭な顎、鋭い牙のみを露わにし、ロウは視線を怪物たちへ向けたまま背後に声をかけた。
「怪物どもは俺が引き受ける。あんたは、あの男を」
「了解。こちらは任せます」
喉元に籠もる音として発せられたはずなのに、耳に届く声は相変わらず通りが良い。アルグは声を受け短く返事をすると、獣型のまま数人の部下を引き連れ怪物たちの背中側にいる男へ向かって走り出した。
行く手を阻もうとするのか、動くものに反応したのか、怪物たちの腕が狼たちに伸びていく。
「おっと、お前たちの相手は、こっちだぞ」
ぐる。とロウの喉が鳴る。鋭く突き付ける気配に気を取られ、怪物たちはロウに目をやった。血の色を溶かしたような赤い眼は、白銀の獣を獲物と見なしたのだろう、にたりと笑って舌なめずりをした。
「そんなに俺は美味そうに見えるかね」
ロウが小さくつぶやくと、怪物たちの足元にいた女たちが笑って答えた。
「貴方の鬣は、獅子に似てるわね。獅子は強そうに見えて甘えん坊だったっけ……。でもあんまり美味しくなかったわ……。貴方、獅子じゃないなら何かしら」
ロウの身長の倍ほどに膨れた半獣の獅子が振り下ろす重たい前足と爪を避けて、ロウは素早く間を取った。
「大猪はとにかく泥臭くて乱暴だった。貴方は大猪ほど臭いもしないし、牙も違う形ね。猪属でもなさそう。ふふふ。わたし、あの時耳をかじられてしまったの。だからわたしも、あの人を食べてあげたのよ。肉付きがとても良くてね、彼は結構、美味しかったわ」
「残念だが、俺は見てのとおり、猪属ほど肉付きは良くないぜ」
「あら、残念。でも鱗があるってことは、蛇のお仲間かしら? 蛇は美味しかったわ。とてもね。……でもしつこいのよ、中々放してくれないの。……貴方そういう趣味がある?」
「遠い親戚かもしれんが、俺は蛇でもねえよ。っと……」
大猪の突進を跳躍でかわし、くるりと身をよじるとロウは後ろ足の爪で空を蹴った。空気に食い込める爪の衝撃は鋭く研がれた風の刃となって飛び、長い蛇の尾を振り回して狼たちを蹴散らしている鳥獣の怪物の足元を切り裂いた。
ぎあ、と叫び声をあげ倒れた鳥獣の尾が、床を強く叩く。
「見事な蛇尾だな、相手が蛇族にしちゃお前さんらと良く混ざった形をしてるが……、まさか、あれの親は石目蛇か蛇尾鳥じゃああるまいな」
ロウの言葉に、片目を隠した赤い髪紐の女が答えた。
「ああ、そうそう。確か、そんな種族だったかしらね。下半身はほとんど蛇だったけれど。あの人、腕があったっけ」
「……!」
空を飛ぶほど大きくは無い翼をばたつかせ、蛇の混ざった鳥獣は身を起こそうとして、もがいて暴れ出した。
血が噴き出て足元がよろける隙を見て、暴れる怪物たちを取り巻いていた狼たちが動きを抑えるために飛びかかる。威嚇と痛みに叫ぶ口から覗いた牙はセイレーンの獣型と違い、細くて鋭い。蛇の牙の形状によく似たそれを視界に捕らえ、一瞬遅れてロウが声を上げる。
「気をつけろ! そいつの牙と翼の爪には毒があるやもしれん!」
声と同時、数人が船の端まで吹き飛ばされた。見れば、暴れる鳥獣の怪物の翼に吹き飛ばされた者の中に怪我を負った者が出たようだった。血をにじませた傷を負った者もいる。
怪物に同様の毒が受け継がれているのかは不明だが、毒があるとするなら出血がなかなか止まらなくなる厄介なものだ。
「……あいつは先に、何とかせねば」
ロウの呟きに、女たちがまた笑みを見せた。周囲を囲みつつ、つい、と女の一人がロウの手を引いた。
「あら、私たちを置いて、あの子たちと遊ぶの?」
「それでもいいけれど、……わたしたちも、貴方と遊びたいわ」
「アタシたちと一緒に、楽しみましょうよ」
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