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第十九話『決意』 2
ロウが御城から城塞に戻る間、城塞では一足早くに客人を迎え密やかな慌ただしさを見せていた。なにせ客として訪れるのはルプコリスの兵でも特殊な部隊であるコルナウスの兵。数名だとはいえ対応に当たっている事務方の長であるカエンは、朝から普段丸めたままの背中を伸ばして緊張感を漂わせていた。
「あの彼には悪いことをしたな」
カエンはロウの使う密偵だということをアルグも知っている。だとすればアルグの素性など知られていて当然の事だろう。身分を隠しての来訪だと言うことで、より気を使わせていることに対してアルグは苦笑しながらも小さく申し訳なさを口にした。
「そう思うなら御城で世話になっていればいいのに」
セイの呟く言葉に、アルグはさらに困った笑みを浮かべて見せた。
「あちらで世話になると、君たちと話す時間が取れそうも無かったんだよ」
アルグの苦笑する声が部屋に小さく響いた。
「……ところで。ここで待っていていいのかな。出迎えならば門のほうが良いのでは?」
セイとアルグがいるのは大窓の広間。そこでロウが帰るのを待っているのだ。
「あんたを先に通して良いと言っていたから、あいつは直接ここへ来ると思う。もし門へ降りるようなら、降りる前にこっちへ呼ぶよ」
「それなら、ここで待つとしましょうか」
初夏の心地よい風が大窓から入り込む。滝を駆け上ってきた清々しい空気には、僅かな潮の香りが混ざっていた。遠くから聞こえるのは湖で開かれている市の賑わいか、それとも城塞の足元に広がる街のざわめきだろうか。
肌には心地よい風も、強まれば微かに冷える。ひときわ強く吹いて上がった風を受けると、アルグは懐に抱えた布で包まれたものを、羽織った外套でさらに優しく包み込んだ。
「……それ、もしかしてあの時の」
ちらりとその荷を見たセイの視線に、アルグは無言のままで頷いた。
一瞬、何かを言おうとしたセイの言葉は、大窓の向こうにロウの翼が見えた事で途切れてしまう。ロウの翼が潜り込めるだけの距離を保ち、アルグはセイに短く告げた。
「詳しいことはまた、後程」
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