第二話『灰色の狼』 3

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第二話『灰色の狼』 3

「……それで。何がどうだというんだ」 「さて、貴方たちには、どこから話したものですかね……」  アルグは少し間を置いて、語り出す。 「我が国の現王が即位する少し前、ルプコリス全域に広まった内乱のことはご存知か」 「リーパルゥスに伝わった話だけなら。俺がまだ成獣する前の頃だったと記憶してるが、――王都で反乱が起きた事がきっかけ……とか、なんとか」 「……俺は知らないな。流石に、生まれてもいない頃の上に、知らない土地のことだから」  セイの呟きを聞いて、教えるように続いたのはトキノだった。 「先代のルプコリス王はずいぶん早くに亡くなったんだ。亡くなった理由は、病でしたか。王位は、王子……今のルプコリス王、アウルクス様が継ぐことが決まっていたけれど、当時アウルクス様は未成獣で、それを理由に未成獣の王が戴冠することを一部の貴族どもが強く反発してきたのがきっかけだった、と聞いている。……初めは、先王の側近や重臣ではなく古い貴族から摂政を立てる、などということから始まって、……最終的には首謀者が王座を欲し、先代の王からの側近たちを殺め、王子を亡き者にしようと企てる謀反にまでに至った、と」 「権力を欲した貴族か……。なるほどね、その経験あったからこその、トキノの支援だったわけか」  ロウがそう言うと、アルグは短くため息をついて頷いた。それから、整った表情を僅かに歪めると、苦々しく話を続けた。 「その首謀者、国内でも有力な貴族の出の男です。……名を、フォロゴ。王が斃れた後に、王子は未成獣、しかも半分は狼属が忌み嫌う流れ者の子だと、あること無いこと吹聴して王子を国から追いやると、一度その座を奪い取りました……。貴族として領地を治める術は知っていても、……さらに上の位に就くという責任がどういうことなのか理解しないままに」 「記録に残ってる、国全域に広がったっていう内乱の矛先は、そいつか」 「はい」  貴族側から暗殺の手が伸び、幼い王子は国を一時追われることになった。正式な王を戴かぬまま、空位……その男が仮初めの王として立った時期を経て、成獣した王子がその座を取り戻すまでの僅かな間、ルプコリスの情勢は極めて不安定なものと化した。 「フォロゴは王の側近や優秀な家臣まで手にかけて、空いた位には自分に協力した貴族を据えましたが、彼らは己の利益のみを考え、歯向かうものを捕らえては処分してしまったので国政は良く回らないまま悪化して生きました。……国民は反発しましたが、フォロゴは、上手く行かなかったのは、何をしても立ち直らないのは、自分の行いではなく他人のせいだと言って、また犠牲者を増やしていった。と……私は聞いています」  僅かな間とは言え赤の月の数えは長く、不満を募らせた民衆は国内のあちこちで反乱を起こし、国中が乱れて荒れたのだ。 「国を乱した罪は重い。己の懐を暖めて自分の領地で肥えていた貴族らは捕らえることはできましたが、我が王が王位を奪還する寸前国から逃げ出たその男だけは、即位したての我が王は捕らえることができなかった。……それよりも国を立て直すことで手いっぱいだったんです」 「それは、仕方ないことでしょうよ」  優先すべきはそちらでしょうから、と、ロウは言う。 「ええ、だから、私が王に頼み込んだんです。……オレに追わせてくれと」  国から離れられない王に代わり、アルグがその仕事を請け負うこととなった。最初は一人から始め、時を重ねるごとに数は増え、十数年かけて、彼の配下は百を超える人数となった。 「以来、私が動かせる『灰色の狼(ルプコリス)』の者、すべてを使って調べてきました……。私がこの地位についたのも、あの男を追うことが目的だったと言ってもいい」  アルグの指が、襟元の刺繍の上を滑る。  コルナウスは、ルプコリス王直属の隠密部隊。ルプコリスの影、月の牙、灰毛の狼などと呼ばれる密偵の組織だ。アルグは今、それを束ねる最上位の地位にいた。 「我が王が即位して以降、その男は南西の皇都、リューミャに逃亡し隠れ住んでいました。リューミャは竜皇(りゅうおう)の御膝元。揉め事を起こせば我が国でもただでは済まない。そんなところにいたのでは我らも上手く動けなかったので、重要監視対象にしていました。そのまま慣れぬ土地で野垂れ死にでもすれば良いと思っていたのにね……。去年、いや、もう二年前になるか。竜皇が代替わりしてから、なぜかこちらに戻って来るような動きを見せたんですよ」 「それで」  ロウはさらりと先へ進める。 「先日、王都に通じる大河の港にその男の乗った船を確認したまでは、良かったんですが……」  アルグはため息と同時にうなだれた。ぺたりと両耳が垂れ下がる。 「取り逃がして、しまいまして」 「は……?」  ここ数日、大河沿いに広く発生していた霧のためだとアルグは言った。
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