思い出話

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思い出話

雨が降っていた。 まさに本降りといった感じで、『バラバラバラバラ』とひどい音が聞こえる。 しかも異様に生々しい音だ。 さらには、全身びしょぬれになっていることに気づいた祐一は跳ね起きた。 「…なんで…」 祐一は初体験をした。 今まで14年間生きてきて、跳ね起きたことなどはじめてのことだ。 もっとも、気づかないうちに外にいて、ずぶぬれになっていれば誰だって跳ね起きることだろう。 ―― どうして… ―― 祐一は辺りを見回した。 まだはっきりとはわからないが、ここは全く記憶にない場所だった。 ―― 夢? ―― その可能性が一番高いと、祐一はタカをくくっていた。 ホホをつねると目が覚める。 このような馬鹿なことは起こらない。 祐一は何度もそれをやっていて、自分自身に何度も騙された。 しかし、感情の起伏が激しい時、特に怒りが湧くと、現実でも叫んでいて目が覚めたことが数回あった。 父と母が、「どうした…」と言って心配そうな顔をして、祐一の部屋をのぞいてきたことが何度かあった。 しかし今は、家どころか辺り一面草原でしかない。 激しい雨のせいか辺りの様子はよくわからない。 視界は100メートルと言ったところだ。 しかし幸いなことに、雨はそれほど冷たくない。 梅雨も終わりを告げた夏の雨のような感じで、湿度が高いと祐一は感じている。 ―― 叫ぼうっ! ―― と祐一は心に決めて、ひとつ深呼吸をした。 もちろん、夢であれば覚めるはずだからだ。 「どういうことだぁーっ!!  俺はカンナが好きだぁ―――っ!!」 祐一は都合よく余計なことまで叫んだ。 しかし、目が覚めることはなかった。 現実は雑草にしか見えない草が生えている大地があるばかりだ。 よってこれは夢ではなく現実だと思うほかなかった。 ―― 雨宿りの場所… ―― 祐一は少し下っているように感じる地面を逆側に登った。 わずか50メートルほど歩いた場所に大きな地割れがあった。 地割れというよりも、まるで巨大な剣で切ったようにすっぱりときれいに割れているように見えた。 ―― 地層のずれ? ―― と祐一は現実的に考えて、地割れに沿って歩くと、実はここは高台だった。 といっても3メートルほどの高さで、地割れはその先まで続いていて、人工的などではない粗削りな細長い洞窟が見えた。 その場所で雨宿りをしようと思って、なだらかに下っている坂を下りて、難なく洞窟にたどり着いた。 しかしこの中に何かが潜んでいるかもしれない。 祐一は恐る恐る洞窟をのぞいた。 どうやら雨によって柔らかい土が流されて、雨が当たらない場所がある。 そして、奥まで見渡せた。 割れ目から外の明かりが届いていたからだ。 祐一はまずは濡れない場所に移動した。 雨に流されなかった、妙にきれいな大きな岩を確認してから、濡れた衣服を脱いだ。 相変わらず雨音が激しい。 そして水が流れ落ちる音がする。 轟音というわけではないが、できれば耳をふさぎたいほどだ。 祐一はTシャツとスエットのパンツを固く絞って広げてからそろりと岩の上に置いた。 誰もいないことをいいことに、祐一は下着も脱いで絞って広げてから岩の上に置いた。 ―― バスタオルが欲しい… ―― もちろんそんなものはない。 気温が暖かなおかげで、それほど長くない祐一の髪はもう乾いていた。 全てを脱いでいても寒くはなかった。 そして祐一は目を凝らして地面を見た。 なにもない。 こういった場所には虫程度はいるものだろうと思ったが、いる気配を感じない。 祐一は濡れない場所の限界まで奥に向かって歩いた。 やはりなにもないし何もいない。 あるのは岩や石ばかりだ。 だがその中に、ひときわ光っている丸いきれいな球を見つけた。 これだけは人工物だというほどに丸くつややかだった。 すると、雨が弱くなったようで、雨音や水の流れの音が和らいだ。 そして洞窟内がいきなり明るくなった。 太陽の光が差してきたのだろうと祐一は思って、ゆっくりと裂け目から外に顔を出した。 視線の先は見渡す限り草原だった。 これほどに広い草原はないだろうと考えてはいたが、急に不安になってきた。 ―― 異世界に飛ばされた… ―― 少年が考えがちなことをまさに祐一は考えた。 生物としては植物しかない世界。 その中に人間は祐一だけ。 だが、雨上がりの素晴らしい景色を祐一は堪能した。 衣服が乾いたので、祐一はそれらを着てから、パンツの小さなポケットに拾った丸い球を入れた。 そして、元いた高台に引き返すと、やはり辺り一面草原だったことにがくぜんとした。 全てが同じ景色なのではないのだろうかと思い、祐一はうなだれた。 目的物があるのならそれに向かって歩いて行くのだが、それが全くない。 そして祐一は、―― これは現実だ ―― とさらに確信した。 『グー』と腹がなった。 食べ盛りなので、目が覚めれば必ず食事をする。 腹が減っていてはどこかに移動するわけにもいかない。 しかしこの辺りには食べ物ものはなさそうだ。 あるのは草ばかり。 しかし祐一は、水滴が輝いている草をちぎって、観察した。 全く普通に雑草のようだが、口に運んだ。 ―― レタス… キャベツ… ―― まさにそのような食感だった。 しかも渋くない。 だが、味はそれほどない。 しかし空腹を満たすには十分で、草をちぎっては口に運んだ。 ―― 塩、ないかな? ―― と思った時に、―― 岩塩 ―― という考えが湧いたので、祐一は洞窟に戻って、辺りをさらにつぶさに観察した。 もし海が隆起してこの土地ができたのなら、ミネラル分の何かがあるかもしれないと思ったのだ。 よって、洞窟内の水にぬれない場所だけをつぶさに探ると、透明に近い白い石のようなものが見えた。 鋭く割れた岩で少しこすると簡単に削ることができた。 祐一は恐る恐るその粉を舌に乗せると、「辛っらっ!」と言ったが大いに喜んだ。 祐一はせっせと石を削って、草にまぶして口に入れた。 ―― 塩が多すぎた ―― 祐一は今度は手加減して、程よい塩味の草を味わった。 ほかのものも食べたいのだが、草しかないので仕方がない。 祐一は飽きるまで草を食った。 祐一はこの先、老人になって死ぬまで草を食べることになった。 … … … … … 「何の罰ですか?」と(げん)は眉を下げて有馬(ありま)に言った。 有馬は割れてしまったその石を見て、「クロノスが謝ってきたんだ」と言った。 「石を通して?」 源の問いかけに、有馬は小さくうなづいた。 「クロノスは過ちを犯した。  それが俺の存在そのものだったそうだ。  クロノスはその優しさから、  してはならないことをして、  最終的に俺を殺す必要ができた。  しかし、妖精にはそれはできない。  だから誰もいない場所に放置して、  間接的に殺す…  いや、死を待つことにした。  もちろん、都合のいいほかの星に飛ばしてほしいと言ったが、  結果は同じと言われてしまった。  俺は人と接することで、  破壊神となってしまう運命を背負わされてしまったそうだ。  もちろんそんな話は信じなかったが、  クロノスはこの話を繰り返すだけだった。  クロノスの過ちを俺の魂が抱え込んだようで、  当時の俺が消えない限り、  宇宙の平和が維持できない状況にまで至ったそうだ。  その罰として、クロノスは一旦妖精を捨てた。  これはあとで知った話だけどな」 源は何度もうなづいて、「はい、最後の話だけは松崎(まつざき)さんに教えてもらいました」と言った。 「クロノスは、何かを守りたかったようですね。  そして過去か未来に飛んで、ややこしいことをしてしまった。  その結果、有馬さんの過去の前世を葬らなくてはならなくなった。  まったく迷惑千万な話です。  ですが、その時に少しでも何か得られることでもあれば」 「行けるとことは全部行った。  おかげでかなり鍛えられたようで、  常にこの肉体を持って転生を繰り返した。  時にはスリムな肉体がよかったようなのだが…」 有馬が鼻で笑って言うと、「退屈にもほどがありますからね、新しい発見をするために旅をするしかない…」と源は同情するように言った。 「ところで、カンナさんってどんな人だったんですか?」 源の言葉に、有馬は大いに赤面した。 勇者である有馬雄大は、(あるじ)である、白竜の万有源一に思い出話のひとつを語った。
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