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 旦那さん、もう下げちゃってよろしいんですか。お口に合いませんでしたか。  手足が細く、小柄な、やせこけた男がガタガタとけたたましく襖を開けて部屋に入ってくると、私が傍らに置いた箱膳を見て声をかけてきた。  膳を下げてよいかどうか訊くので、男が宿の者であるということは察しがつく。  軽くうなずき、膳をそっと男の前へと差し出した。  私がほとんど箸をつけていないせいで、下げてよいものかどうか迷っていたらしい。  申し訳ないことをしたとは思うが、男が言うとおり「口に合わない」ため、宿に入るまで抱えていたひどい空腹感までかき消えてしまう始末であった。  箱膳にのった食事は、いたって簡素である。  欠けた茶碗にこんもりと盛られた、乾きぎみの麦飯と、妙に腸の苦みが強い魚が二、三尾並ぶべたついた長角皿、それから塩気だけが強く風味もなにもない、薄切りした胡瓜の漬け物がぺらぺらと数枚ちらばる小皿。  魚の腸がよく焼けていなかったかもしれない、生臭さだけが口の中でべたべたと残っている。ここで熱い茶でもあればよいものを、無骨で厚ぼったく、大きいだけの湯呑みにはぬるくなった白湯しか入っておらず、気が利かないところだと失望する。  食事をするついでにと熱燗を頼んだはずだが、いつまでたっても来ない。 男に訊ねると「あいすみません、宴会があってたてこんでおりまして」とぺこぺこと、何度も頭を下げられた。  宴会ねえ、と私は薄暗く狭い部屋、つぶやいてみる。 ええ、と男が相づちをうった。  なんでも、婚礼の前祝いだそうで。めでたいことですよ。先ほどちらりと花嫁さんの顔を見てきましたがね、なかなか器量よしで。  そうかい、と私は聞く気がないが、無視するのも悪いと思い、適当に返事をする。
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