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べらべらとまくし立てる男の弁によれば、花嫁はどうやら上方にある大店の一人娘ではあるが、娘の両親が「質素倹約を重んじる」性分らしく、前祝いであるからして派手でなくともよかろう、たかが一晩かぎりのことであるからとして、簡単な膳と少々の酒でもあれば事足りると、港に近く安価なこの宿を選んだ次第だという。
なにしろ、うちじゃあ初めてのことでございまして、やれ髪結いだ着付けだと女たちは駆り出されてしまいましてね、あっしも普段なら下足番で部屋になぞ入らない、いや入れねえ身分でございますが、ええ、そういうわけで至らないとこがございましたら、なにとぞご勘弁くださいよ。
恐縮しているていで、男はぺこぺことせわしなく、私に向かい頭を下げた。
私は別段、誰かもわからぬ相手の婚礼など興味ない身であるからして、ただ静かに男へ向かい「構わないよ」と答えた。
男は私の答えが、気遣いであると思い込んだらしく、いっそう低く頭を下げた。まるで、痩せこけたカブトムシのようだと、私は思った。
襖をへだてて隣にある部屋は、既に布団が敷いてある。
言われてみれば、耳を凝らすとカチャカチャ、チャカチャカ、ポコポコ、ワハハと細かくせわしなく、それでいて賑やかな音がかすかに聞こえてくる。
ただでさえ「離れになりますが、よろしゅうございますか」と問われて、差し支えないと答えたのだから、妥協するしかあるまい。あいにく電球を切らしてしまい、行灯しかございませんと部屋まで案内してくれた、白くふくよかで、赤いたすきが背中に食い込んだ女に告げられたときに、やめておけばよかったかもしれないと悔いたが、もう遅い。
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