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お昼過ぎになって、約束の時間に彼は現れた。
朝起きてから、ご飯も食べずに眠ってしまった母だったけど、母の右手を彼は両手で包み込んでゆっくりと話しかけると、母はゆっくりと眼を覚ました。
「お気分はいかがですか?」
こくんとゆっくりと頷いていた。
「身体を起こして、少し口のなかを綺麗にしましょう。」
また、母はこくんと頷いた。
彼は、リクライニングベッドの操作ボタンで母の体位を半座位にして、それから微温湯で濡らしたガーゼを自らの人差し指に繰るんで、それを母の口に入れてゆっくりと話しかけながら丁寧にケアをしていた。
それから、ゼリーをスプーンに少しずつ乗せて、母の口に運んでいた。
「美味しいですか?
ゆっくり食べてくださいね。」
そう言う彼の声に、母は
「ありがとう。美味しい。」
と、か細いながらも、ちゃんと答えていた。
それから、彼は、私たちにできる範囲での身体の保清の仕方や、褥瘡が出来ないための体位変換の仕方、拘縮予防のためのマッサージの仕方を私たちに丁寧に教えてくれていた。
それを聞いていた母は、安心していた様子で、また眠りについていた。
私は、母のその様子を見て、彼が死神ではないと感じていた。
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