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「…はい。」
女のヒトだった。柔らかい声だった。
「あの…aj24の…」
ああ。
そのヒトの声が漏れた。電話の向こう側が見えた気がした。柔らかい空間にぱっと華やいだ色とりどりの灯りが次々点っていくようなそんな光景。
「あ、あのすみません、実は、」お断りします、が言えない。「…はい?」あ、ダメだ。ちゃんと言わないと。するとああ…、とタメ息のような声が漏れてきた。光景が変わる。華やぐぼんぼりのような光がふっ ふっ と消えていく。「ゴメンナサイ、へんなお願いしてしまいました。」柔らかい声がする。
すみません。すみません。
僕は口のなかをモゴモゴさせてる。「連絡、ありがとうございました。」
すみません、すみません。僕は口のなかでモゴモゴを続けて、これでこのままで終わりにできるだろう、そう思った。なのに、
「…あのっ、」
しまった。
僕は何をしてる。
「…はい?」
ほら返事をしないといけなくなった。どうしよう。どうしよう。…どうしよう。
「どうされました?」
柔らかい声。高くないけど低くもない、ためらいながら押したチャイムみたいに、小さいけど確かに、緩やかに響いていく深い音。
「逢えますか…?」
!何言ってる、僕。
僕の申し出は快く受け入れられた。当たり前だ。オファーを出してくれたヒトなんだし。日取りを約束してあの紙を捜す。ちゃんと見てなかったんだ。何のオファーかも知らない。
男性1名(未成年者は不可)。身長体重国籍は不問日本語のわかるかた。2名以上になる場合は連絡下さい。
……………。
フツーにバイトの募集みたい。それならその方が気が楽なんだけど。
閉まりきってない扉のガラスのところ、僕が映ってた。
立って扉をきちんと閉める。これでもう映らない。
約束の日。約束の場所。約束の時間の20分前についた、
ドキドキする。動けない。この服どうだったかな。僕はちゃんと見つけてもらえるかな。
背中からの声。
「あのー…、」
飛び上がる。僕はビビりまくってる。情けない…。「はい。」
女のヒトだった。フツーの女のヒトだった。
「aj24 プロの方ですか?」
はい、それは僕のことです。すると女のヒトはものすごく困った顔をして、「ごめんなさい、未成年の方じゃダメなんです。…ほんとにゴメンナサイ。」ペコペコ頭を下げてる。あ、聞いてます。僕22です。もうじき23になります。未成年じゃないです。
「えええ。」きょとん、を越えてあんぐり、てこれだな。女のヒトはとても驚いていた。そして、繁繁と僕を見る。見てる。めっちゃ見てる。凝視だ。
「何の仕事なんですか?」
間抜けだけど聞かないと。
「あ。聞いてないんですね。…なるほど。」
あ、僕はaj24所属じゃないんです。
「どおりで。すごい若いヒトでびっくりしました。…えと、話してもいいですか。」
はい、お願いします。
その人はケロケロといきなり話した。
「セックスしてくれるヒトでオファーしたんです。」
は?あのー……?
「あ、相手は私です。」
え。え。えっ?
あんぐりは僕。その人はヘラヘラって笑って見せた。
「…ゆっくり話しますか?」はい。お願いします。
じゃ、とその人が先に立って歩き出す。僕は黙って従った。
こうして僕は、柔らかい声を持ったチャコールのパンツスーツできゅてまとめた茶髪でない髪に薄く化粧してネイルはしていない、かなり年配のご婦人、つまりおばあさんに連れられていった。
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