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一 智美の悪夢。
暗闇の中で智美は一人、震えていた。
光が丘の地下にいた、あの記憶が蘇ってくる。
いや、本当はまだあの地下にいるのではないだろうか。勇夫と共に脱出し、軍に協力して戦った事は夢ではなかったのか。
自分が戦争に巻き込まれるなんて、荒唐無稽な夢に決まっている。そんな事はあるはずがない。だとするならば。
今、ここにこうしているという事は、あの恐ろしい地震だけが現実だという事だ。あのお洒落な紅茶専門店。勇夫に呼び出されて……。
「速水君!」
思わず声が出た。そうだ。あの地震が本物なら、勇夫は。
「速水君、どこ?」
勇夫の返事はない。智美の震えはどんどん大きくなってきた。周囲の静寂は、闇と同じように深い。
「速水君!!」
勇夫を呼ぶ声は絶叫と化していた。それでも勇夫の返事はない。闇は何度も何度も絶叫する智美の声を、反響させることもなく飲み込んでいった。
智美はのろのろと立ち上がった。この場にいる事に耐えられなかった。
ここから出たい。
脅迫的に迫ってくる恐怖。足を踏み出すと何かやわらかい物を踏みつけた。誰かの身体。大地震の犠牲になった……。
土気色になって動かなくなった中年男性の横顔が、智美の脳裏にフラッシュバックした。智美は悲鳴をあげた。
闇を通して回りに転がる死体の大群が見えた。その全てが、同じように土気色をしていた。そして、全てが同じ顔をしていた。
智美は声を上げて走り出した。どこへ向かっているかも解らない。自分が何を叫んでいるかも解らない。足元の死体につまづき、踏みつけながら、息を切らして走り続けた。
断続的な銃声。
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