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二 廃墟への脱出。
網膜が、脳がハレーションを起こしていた。そのせいでどうでもいいことを思い出していたようだ。
俺は頭を振ると、慣れてきた目で周囲を見回した。
眼が慣れてくると、それほど明るい部屋ではないという事がわかった。少なくとも、この部屋の電灯は死んでおり、別の部屋から入って来る光で照らされている。この程度の光に眼をやられたのか、と思わず苦笑した。
床には瓦礫と死体。その中に俺は座り込んでいた。
立ち上がろうとしてそばのデスクに手をかけると、ずるっと滑った。両手を見る。血だ。床に手を着いた時についたようだ。俺のズボンも服も、死体から流れ出した血に汚れてしまっていた。俺は思わず舌打ちすると、ゆっくり立ち上がった。
モニタやコンソールの並んだ部屋だった。下に転がっている死体はここで働いていたオペレータだったものだろう。足の踏み場もないとはこの事だ。部屋の向こう側と右手側の壁に通路への出口があった。向こう側の出口はドアが外れていて、そこから光が差し込んできていた。右手のドアは開いていて、暗い通路に続いている。その奥に、人の気配があった。
手のひらを汚した血をズボンで拭いた。
右足の甲に乗りかかっている死体の腕を蹴りのけた。
振り返って、壁の穴から元来た通路へ戻ろうとした時、通路の天井が崩落した。一瞬にして穴がふさがる。
通路を埋めた土砂の重みで、穴が開いて強度の落ちた壁がミシミシと不気味な音を立てはじめた。
俺は舌打ちして振り返ると、光に満ちている通路に向かい、部屋を横切った。
暗い通路に存在する人の気配は近づいているようだった。関わるのはごめんだ。
瓦礫や死体で歩き辛い部屋を出ると、無傷の明るい通路に入る。通路の中は無傷で、呆れたことに照明も一つ残らず生きていた。
ここまでの廃墟との差は眼を疑うばかりだった。まるで別世界だ。
磨き上げられた床に、血で汚れた足跡が二人分、奥へ向かって続いていた。この先に人間がいる事は確定したということだ。だが、暗闇の通路のほうの人の気配も接近してきていた。
反響していて言葉は聞き取れないが、三人の声が判別できた。
男の声。女の声。そして、子供の声。俺が忌避した、あのガキの声だった。
俺は歩速を上げた。あのガキの声だけはごめんだ。
通路の突き当たり、大きな扉の前に立つ。
扉は重々しく、しかし意外な程の速さで左右に開き、俺の目の前には広々とした空間が広がった。
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