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Introduction
赤い。
冷たいコンクリートの厳重に閉ざされた部屋。非常事態を告げるパトライトが忙しなく回っている。鳴り響く警告音。
男は彼にうっそりと笑いかけた。
「一緒に行こう、ハルちゃん。僕と帰ろう」
「帰る?何言ってんだ、お前?」
振り向いたその男の双眸は警告ランプのそれよりもなお赤く、じっと彼を見つめる。
「さぁ......」
男の手が彼の手を握りしめる。もう片手にはその瞳を映すように赤く輝く石。ほとり......とそれがステンレスの巨大な容器の中に落ちる。
「お前......!?」
凄まじい音と爆風。真っ白に染まった視界。
そして......。
「大丈夫か、ハル?」
目を開けると、菫色の瞳が覗き込んでいた。額にかかる蜂蜜色の髪。何時見ても二枚目だな、こいつはー彼は頭を掻きながら、むっくりと起き上がった。
「カイエか。......大丈夫だ。ちょっと夢を見ただけだ」
「また、あの夢か......」
彼は黙って頷いた。真っ赤な、あの男の眸......思い詰めたような、泣きそうな眼差し。
「早く、あいつを探し出さなきゃ.....」
ため息混じりに呟くと、ベッドから起き上がり、彼は枕元のシャツを手に取った。頭から被るとだいぶんに大きい。
「まだ身体が十分じゃないんだ、無理をするな。それに君のような少年が一人で探し出せるわけがない」
カイエと呼ばれた男は大袈裟に両手を拡げて言った。
「君はこの世界のことをまだよく知らないんだろう?」
そう、再び目を開いた時、彼は見知らぬ場所にいた。彼の周囲にあったはずの無機質な施設の壁は何処にも無く、付近を囲む高い塀すら見当たらなかった。
頭上には鬱蒼と繁った木の若葉が、燦然と輝く太陽の光を透かして揺れていた。
ー何処なんだ、ここは?ー
身体を起こそうとすると、全身が軋んだ。激しく打ち付けられたせいだろう。腕や脚がひどく鬱血していた。
ー背骨は無事か......ー
ほうっと息をつく。習得していた武術のおかげで、かろうじて受け身は取れていたらしい。
ーやつは...東雲は......?ー
辺りを見回したが、誰もいない。梢を渡る風の音と、小鳥の囀りだけが、幽かに耳に触れる。
しばらく呆然と座り込む彼の耳に聞き慣れない音が飛び込んできた。金属の触れ合う音、馬の蹄らしき音と嘶き......。
そして木陰からぬっ.....と姿を現したのは、時代がかった西洋の鎧らしきものを身にまとったくすんだ金髪......蜂蜜色の髪の大男だった。
『大丈夫か?少年。立てるか?』
男は彼に手を差し伸べた。
ーなんだ?こいつー
呆然と見上げるばかりの彼に、男は小さく息をつくと、ひょいと両手でその身体を抱え上げた。
『何するんだよっ?!』
抗議する彼を軽々と馬の鞍に乗せ、自分も後ろから跨がると、男は言い聞かせるように言った。
『ここは、夜になると魔獣が出る。危険だ。話は後から聞く。まずは家に行こう』
大男は、カイエと名乗った。騎士だという。
そして彼は知った。ここが、日本ではなく地球でもなく、いわゆる『異世界』というものだと。
同時に、三十路だったはずの自分が十七才の少年に戻ってしまっていることを。
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