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殻を失ったヤドカリのように
俺はコートを片手に街中を走り回っていた。スニーカーに履き替えなかったのは失敗だった。革靴では足の甲が痛む。
通っていた学習塾にもソフト部の部室にも友達とよく行くと聞いたファストフード店にも――佐々木はどこにもいなかった。
「どこ行ったんだよ。佐々木……」
角から曲がってきた自転車にぶつかりそうになって尻餅をつく。立ち上がろうとして力が入らない。
「参ったな……完全に運動不足だ」
夜空を仰いだ。視界のなかに黄色いネオン。ラーメン屋の看板だった。
「ラーメンか……最近食ってないな……」
――ん? ラーメン屋? そういえば……。佐々木は言っていた。国道沿いのラーメン屋がリニューアルしたと。国道沿いは佐々木の家とは反対方向だ。なぜ佐々木は知っている? ――友達から聞いた? ――ネットで知った? そりゃいろいろ聞く伝手はある。だがなんとなく気になった。どうせほかに手がかりはないのだ。しかし国道沿いはここからだと距離がある。
「……どうする?」
そのとき向かいからタクシーが走ってきた。しめた! 俺は慌てて立ち上がり手を挙げて乗り込む。行き先を告げるとそこは美味しくないぞ、といまはどうでもいいアドバイスを受けた。
やっぱり車は早い。十分ほどでもうすぐラーメン屋というところまで辿り着く。だがそこで渋滞に捕まった。
「事故でもあったのかな」と運転手。
交通事故。……まさか佐々木が。よくない妄想が浮かぶ。
「動きそうですかね?」
「わからねえなあ」
「じゃあ、あの、ここでいいです――」
言いながらフロントガラスを見ると目の前の歩道橋が視界に入った。その歩道橋の中央に、人影が見える。……なるほど。きっとあの位置からはラーメン屋はよく見えることだろう。
「お客さん?」
「これで、おつりはいらないです!」
「え、あ、ちょっと!」
タクシーを出るとコケそうになりながら歩道橋まで走る。その階段を二つ飛ばしで昇りながら人影のほうをみるとうちの中学の制服にくせっ毛。やっぱり佐々木だ。その佐々木が歩道橋から上体を乗り出すようにした。やばい、飛び降りるつもりだ。
「さぁさぁきいいいいいい!」
俺のありったけの叫びに佐々木がぎょっとしたように見る。ただ身体は引っ込めない。俺は階段を昇り切ると方向を左に急転換、佐々木のほうへ。
「え? 富士くん!? 仕事はどうしたの!?」
「ささきいいいいいい!」
「え? なに、こわいよ富士くん――」
俺は佐々木を後ろから抱きしめて力に任せて引っ張った。
「ちょ、富士くん危ない、危ない!」
「ぐへっ」
俺の後頭部がアスファルトに打ちつけられて、佐々木は俺の上でじたばたしている。
「佐々木、無事か?」
佐々木が反転する。
「富士くんなにこれどうしたの? なにが起きているの!?」
「自殺なんてやめろ。生きていればいいことなんていくらもでもあるんだ!」
「…………は? 自殺? うちが?」
「……ちがうの?」
佐々木の肩がすとんと落ちる。
「あのさあ……下にピアス落としちゃっただけだよ…………」
俺は殻を失ったヤドカリのように放心した。
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