第一章 この人が俺の師匠?「魔法使いならもっと見る目を養うんだな」

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 ヘザーが腕を上げると、黒い煙から何十という黒い槍が現れ発射された。  ダニエルは貫頭衣(かんとうい)の裾をひるがえし、身軽に瓦礫の山を走って槍を回避する。  黒い槍が地面に突き刺さると、その場がぐにゃりと融けて腐ったような異臭を放った。 (――(ウィルス)!)  アレクシスは毒の臭気を吸いこまないように距離をとると、強力な防護の呪文を唱えた。あんな攻撃を喰らったら、どうなってしまうかわかったものではない。  次々と襲いかかる槍の雨。ダニエルは壁の残骸(ざんがい)を飛び越え、柱を盾にしながら走り回る。見ているこちらがはらはらするほど、反撃しない。いや、反撃する余裕などないのかもしれない。槍から生まれた毒のぬかるみは、地面を侵食してその範囲を広げる。それだけでなく、ダニエルのあとを追うように、泥の波となって地を()ってくるのだ。  どんなにすばやく逃げ回っていても、もうほとんど無事な地面が残っていない。  ついにダニエルの足が止まった。毒に囲まれて、もう次の足場がないのだ。そしてダニエルの立つ場所を、黒い槍と毒の泥が、空と地面から同時に襲いかかった。 「ブラッグさん!」  ダニエルは跳躍(ちょうやく)した。直後、足もとを毒の波が覆いつくす――これでもう、着地できる場所はない。そして空中で体をひねったダニエルは、無数の槍を紙一重でかわし――しかしそこへ、新たな攻撃が襲いかかった。ヘザーの黒い煙から、竜の形をした巨大な黒炎が一直線に放たれ、一瞬でダニエルを呑みこんでしまう。 「!!」  アレクシスが息を呑むなか、漆黒の炎は竜の姿のまま燃え盛り、黒い火の粉を撒き散らしながら虚空に向かって咆哮(ほうこう)した。ゴォオオオ……と轟音が響きわたり、ヘザーが高らかに笑う。 「アハッ! アッハハハァッ!! ざまぁみろだね! 闇の業火に焼かれて、永遠に苦しむがいいさ! はハはははッ!」  その悪魔じみた姿にアレクシスは戦慄(せんりつ)した。彼女の姿は先ほどとはあきらかに違っていた。頬がげっそりと痩せこけ、目は落ちくぼんで血走っている。顔は土気色だ。おそらく黒魔法を行使したことで、自身の命を削るほどの代償を払っているのだ。 (こんな……こんな恐ろしい術を使う魔法使いがいるなんて)  五十年前に魔法戦争が終結して以来、戦闘魔法の使用は厳しく制限され、現代における魔法犯罪や私闘の類いはめずらしいものとなった。このマーシー・ヘザーはおそらく戦争を経験した世代なのだろうが……どうして平和な今の時代にこんなことをするのだろうか。そもそも、なぜ禁術や殺傷力の高い攻撃魔法が使える? 禁止魔法を使えばすぐに魔法協会に知られ、資格剥奪(はくだつ)および即刻逮捕だ。そして魔法協会に登録していなければ、そもそもほとんどの魔法は使うことができない。  いや――理由なんて考えても仕方がない。それよりも、この状況にどう対処しなければならないかだ。こんな危険な人物を放っておいていいはずがない。  アレクシスは静かに息を吐いて呼吸を整えた。  魔法は……世のため人のために使うものなのだ。いくらもう魔法の時代が衰退しつつあり、世界が魔法使いを必要としなくなってきているとしても。  だが、どうすればいい? あれほどの身体能力を見せたダニエル・ブラッグでも敵わなかったのだ。自分になにができる? いや、ダメだ、弱気になるな。ダニエルのためにも、ここでヘザーに背を向けて逃げるわけにはいかない。自分がこんな危険人物を連れてきてしまったのだ。そのせいで、ダニエルは犠牲に……  ヘザーが勝利に酔っているあいだに、アレクシスは全身の魔力を研ぎ澄ませながら精霊たちに呼びかけた。 (ウィルオウィスプ、シルフ、グノーム……力を貸してくれ)  アレクシスは攻撃魔法が使えない。魔法学校の学生は、校外で攻撃力の高い魔法が使えないように制約されているのだ。しかしたとえそうでなかったとしても、アレクシスは攻撃魔法を使いたくなかった。目の前の殺戮者と同じにはなりたくない。だとしたら、とるべき方法はひとつ。不意を突いて、相手を捕獲する。  まずは強い光で目くらまし、突風で攪乱(かくらん)。ヘザーの足もとの土を崩して固め、身動きを封じたところで捕縛魔法の呪文詠唱――竜巻のなかに閉じこめる。  急場しのぎの作戦だったが、他に方法はない。どうにかヘザーの拘束を成功させ、あとは魔法学校に連絡して応援を呼ぼう。
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