第二章 森と追跡者と師匠が出した課題「お前ちょっと小利口すぎるぞ」

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 そのヘザーが、標的にかすり傷ひとつ付けること叶わず自害した――組織にとっては想定外の、大きな痛手だった。他の戦闘員の士気にも関わってくる。今後の活動を順調に進めるためにも、ここでブラッグを押さえ、組織の威光が揺るぎないものだとみなに示さなければならなかった。  ダニエル・ブラッグと他一名は東部に向かって移動中――その知らせを受けた時、まだ組織へ加入して一年のハクスリーは、たまたまこの地域に潜伏していた。急ぎ魔力の痕跡(こんせき)を頼りに追跡し、この森へとたどり着いた。 (あの小僧は馬鹿だな。あれほど魔法を使いながら移動していたら、足跡を残しているようなものだ)  見たところ、魔法学校の学生のようだ。ローブの下からのぞく紺色の制服で、グラングラスの生徒だとわかる。この国の魔法教育の最高学府だ。だが、学生と本物の魔法使いでは、実力も経験も雲泥の差がある。 (それに今の学生は、学外での魔法の使用制限がある)  学校の規制魔法で、攻撃用の呪文を唱えても術が発動しないのだ。魔法の悪用を防ぐための処置だが、おかげでこちらとしては好都合だ。まさに、赤子の手をひねるようなもの。 (だが、ダニエル・ブラッグは名うての魔法使い、油断はできない)  上からの指示では、ダニエル・ブラッグを抹殺、もしくは深手を負わせ、しばらくは使い物にならないようにしろと命じられている。  しかし、ハクスリーは正面から戦う気はなかった。今まで数え切れないほどの構成員が奴の手で殺されている。今日死んだヘザーだってそうだ。  マーシー・ヘザーがブラッグ暗殺のために持ち出した武器は、魔法戦争時、武装した魔法兵士たちをひと薙ぎで数千人(ほふ)ったという大量破壊兵器だった。幾重もの防御魔法を貫通するその圧倒的な攻撃力に、人々は震撼(しんかん)した。今では魔法協会が回収に躍起になっている、国際指定第一級の危険魔法具だ。  それほどの兵器を使っても、ダニエル・ブラッグは無傷なのだという。ヘザーが最後の手段にと、至近距離で自爆してさえ、だ。組織の構成員が使う自爆魔法は、半径二メートル以内の生命体すべて――細菌などの微生物に至るまで――を殲滅(せんめつ)する、まさしく最終兵器にもかかわらず。とんでもない化け物だ。そんな相手に、充分な人手と準備もなしにまともにやり合う気はない。 (ダニエル・ブラッグを殺す必要はない。あの婆さんと違って、私は奴に恨みもない。返り討ちに合うのは御免(ごめん)だ)  大体ヘザーが殺されたのだって、ダニエル・ブラッグの罠でなかったとどうして言える? 組織が一大計画を遂行しようとしている、それを見計らったかのようなタイミングで大事な戦力を減らされたのだ。偶然にしてはできすぎている。ハクスリーの見解としては、ブラッグを殺すことよりもそれを確かめるほうが重要だ。もし計画がすでに敵に知られているのなら、早急に対応策を講じなくてはならないだろう。 (ブラッグから情報を引き出し、奴らの手の内がわかれば御の字だ。それで組織での私の地位も上がる)  そして奴の口を割らせるには、人質をとるのが一番だ。 (あの小僧を神経毒で麻痺させ、解毒剤を交換条件にしてブラッグに情報を吐かせる)  神経毒は、組織が長年かけて研究し作りあげた、魔法と複雑な調合の毒物を融合させた逸品だ。この毒に侵されたが最後、治癒魔法で治すことは不可能だ。唯一の治療薬である解毒剤は、ここから三十キロ離れた洞穴(どうけつ)のなかに隠してきた。ブラッグから情報を得たら、解毒剤の場所を教える。奴は解毒剤が本物かを確かめるまでは、ハクスリーを殺すことはできない。そして奴が必死に解毒剤を取りに走るあいだに、自分は逃げればいいのだ。  ハクスリーは、腿に装着している投げナイフのホルスターに手をかけた。彼は日頃から、仕事を魔法頼りにしていない。保有魔力は八千トリクルと、戦闘員としては少ないほうだ。その代わり、肉体の鍛錬(たんれん)を欠かしたことはなかった。  視線の先のターゲットは、こちらに気づく様子もなく川べりに腰かけている。オレンジを手に首を傾げたりして、のんきなものだ。  だが、仕事に手は抜かない主義だ。ダニエル・ブラッグに助けを求める隙を与えず、すぐさま標的を戦闘不能にする。
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