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黒目がちな美しい瞳がアレクシスを射ぬく。凛としたアルトの響きで言った。
「お前か、魔法学校からの実習生は」
「は……」
急に思わぬことを言われ、呆けた顔をしてしまった。それを見て、少女はあきれたように顔をしかめた。
「オレがダニエル・ブラッグだ」
「は……?」
オレガダニエルブラッグダ……? どういう意味だろう?
「二度も言わなきゃわからないのかよ。アホ面してないでさっさとこっちへ来い」
「え…………えええええぇぇぇっっ!!??」
ダニエル・ブラッグ? 二十五年前に魔法学校を卒業した? 数少ない男性魔法使いの? この少女が?
「だってっ……、あな、あなたは、女性じゃないですか!」
話が違う!! ダニエル・ブラッグが男でないのなら、なんのために自分はこんな田舎までわざわざ……っ
動揺しまくるアレクシスに、ダニエル・ブラッグを名乗る少女はふんと小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「見た目でしかモノを判断できないのか? 魔法使いならもっと見る目を養うんだな、魔法学校のお坊ちゃん」
「なっ……」
あんまりな態度に憮然としながらも、どうやら本当にこの少女がダニエル・ブラッグその人なのだと信じ始めていた。
しかしどうしてこの姿に……? 幻術の一種なのか? 卒業アルバムの写真で見た、巻き毛でたれ目の少年とは似ても似つかない。そう思ったところでふと気がついた。いや、ひとつだけ共通点がある。少女の右目の下には泣きボクロがあった。
「お前がマヌケなおかげで、えらい客を連れてきてくれたな」
そのひと言で、ハッと我に返った。そうだ、マーシー・ヘザーは!?
「さっきの爆発は、あなたが起こしたのですか? ブラッグさん! ヘザー夫人は、あなたを頼って訪ねてきた優しいご婦人だったんですよ! 息子さんの病気を治したいと……それなのに……」
アレクシスが訴える途中で、ダニエルが視線を外した。その直後、どこから現れたのか巨大な炎の波がダニエルを襲った。まるで鎌首をもたげた蛇のように、彼(彼女?)を呑みこもうとする。
「!」
声も上げられずにいるアレクシスの前で、ダニエルは眉ひとつ動かさなかった。そして炎は、彼の体に触れる前にかき消えた。
(防御魔法? いや、違う――)
炎の攻撃は防がれたわけでも、相殺されたわけでもない。完全に消失してしまったのだ。
「うわさどおり、攻撃魔法は効かないらしいね、ダニエル・ブラッグ」
顔を向けると、瓦礫の陰から声を発した人物が姿を現した。
「ヘザー夫人……?」
アレクシスは呆然とつぶやいた。そこに立っていたのは、小柄でほっそりとした品の良い老婦人、マーシー・ヘザーだった。
彼女はアレクシスのほうを見ると、笑い皺を深くして目を細めた。
「道案内ご苦労、学生さん。おかげで長年居どころをつかめなかったダニエル・ブラッグを見つけられたよ。グラングラスからの魔力通信に網を張っておいたのは正解だった」
「な……」
先ほどまでとは別人のような口調の老婦人に絶句する。
ヘザーは黒髪の少女をにらみつけると言った。
「やっと会えて嬉しいよ、ダニエル・ブラッグ。お前にはずいぶんと同胞を殺されたからねぇ。楽に死ねると思うんじゃないよ」
一体どういうことなのだ? 殺すとか死ぬとか、なぜそんな物騒な話をしているのだ。
アレクシスは叫んだ。
「待ってください! ヘザーさん! あなたは何者なんですか? どうしてこんな……」
ヘザーは、まるでうるさいハエを見るような目つきを寄こした。
「黙ってるんだね、平和ボケした学生さん。でもまあ、感謝しているよ。あんたが顔に似合わず親切でお人好しなおかげで、ここまですんなり来られたんだしね。まったく、顔色ひとつ変えずに嘆願書をやぶり捨てる政府高官秘書みたいな顔をしてるくせにねぇ」
「なっ……」
(顔は関係ないだろ! というか、なんなんだその具体的なたとえは……)
アレクシスはがっくりとうなだれた。
くっ……、悪人顔だからこそ、日頃から清く正しく感じよく、を心がけているというのに……!
「気がついてなかったようだけどね、あんたにはここに来るまでのあいだずっと、魔法学校の守護魔法がかけられていたんだよ。だから一緒にいるあたしにも、ダニエル・ブラッグの撃退魔法が効かなかった。おかげでこうして、こいつを殺せるってわけだ!」
そう叫ぶと、マーシー・ヘザーは手にしていた革の鞄の口を大きく開けた。するとなかから、どす黒い煙のようなものが噴き出してくる。アレクシスは思わずそのまがまがしさに怖気だって後ずさった。あれはあきらかに黒魔法、禁術系の危険な類いのものだ。
黒い煙はあっという間に大きくなり、ヘザーの背後を覆うように広がった。高さは四メートルもあるだろうか、意思を持った生き物のようにうごめき、邪悪な魔力を放っている。
ヘザーは狂気じみた笑い声を上げた。
「さあ、覚悟をおし。お前が見たこともないような魔法で殺してやるよ!」
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