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耳鳴り
しばらくの沈黙があった
お互いに次の言葉が出ないでいた
「最後に・・・最後に聞いていい?」
俺が呟くように言うと
さくらは
「うん」
小さな声で返す
「俺って何だった?
さくらにとって
俺って何だったの?」
ずっと聞きたかった
あの夏のキスから
ずっと
聞けば泡となって消えてしまいそうで
聞かないでいた
初めてさくらが俺にキスをした日
俺は恋をする気持ちに気が付いた
初めてだったんだ
あんな気持ち
勉強が大嫌いだったのに
どうしてこんなに頑張れているのか?
自分でも分からなかった
でも
あのあつい夏の終わり
さくらの唇が俺を求め
何度も重ね合わせるうちに気が付いたんだ
彼女が笑ってくれるから
彼女が喜ぶか顔が見たいから
俺は頑張れているんだと・・・
そして
この唇が欲しい
俺だけを映している視線が欲しい
俺だけのさくらになればいいのに
と欲張りになったんだ
それから
何度となく聞きそびれていたんだ
さくらの本当の気持ち
おれへの気持ち
怖かったから
さくらが兄さんの事を思う気持ちは
俺への気持ちとは違う事が
なんとなく感じていたから・・・
さくらは
少し考える
言葉を選んでいるのだろうか?
「この際だから
もう
何にも包まずに
そのまま言った欲しい
同情入りの嘘は嫌だ」
俺が背中を押すと
さくらは話し始める
「健太郎は・・・私にとって都合のいい恭一さんだった」
それから始まった
さくらの演説は
俺の人生の中で
おそらく
後にも先にも一番のブラックホールで
それに足を踏み入れた途端
俺は
間違えなく
押しつぶされてしまうほどの衝撃で・・・
「恭一さんは
とてもモテるから
いつも他の子が寄ってくる
私が彼女だって知っていても平気で誘ってくる子もいてね
終電がなくなったら
自分に言い寄る一人暮らしの女の子の部屋に
泊まったりするって聞いたことだってあった
私はそんなこと聞いていない振りをしてた
私は彼女だから
彼の実家へだって出入りできるのは私だけ
ご両親だって公認の彼女
他の女の子とは違うんだって・・・信じていた
はじめて君にキスした日の前日
彼は、友達と飲み会で
終電なくして
偶然出会た2人の子を連れて友達の家に泊まったらしくて
悪いことに
その内一人は私もよく知る後輩で・・・
彼女は
その日にあった事
友達の家で行われた裏切りを
一部始終
困り顔で
だけど自慢するように私に教えてくれてね
屈辱だった
だから
君にキスをした」
なんだ・・・全く入ってこない
兄さんに浮気されたはらいせってことか?
「勢いだった
だけど
恭一さんを裏切ることで
胸の内にモヤモヤとしていたものが
不思議に晴れたの
それに
君はまだ高校生で
純粋だから
すぐに私に夢中になってくれて
可愛くて
容姿やキャラは違うけど
兄弟だから表情なんかは似ていて
自分だけの恭一さんを手に入れたようだった」
身代わり・・・か
「それから
癖になった
恭一さんを裏切ること
そして
自由になる君を恭一さんに見立てる事」
その言葉が
残酷そのもので
俺は
それからしばらく
さくらの声は耳に入らなかった
聞いたことが無いくらいの耳鳴りは
さくらが帰るまで続いた
彼女はすべてを吐き出すように話した後
生き生きとも見える表情で
俺を一人ここに残して出て行った
初めての恋の結末は
長く続く耳鳴りと激痛、喪失感が後遺症となり
俺はあの日から
何かと言い訳をつけて
実家に帰ることが無くなった
さくらと兄さんが
あれからどうなったかなんて
知らない
知りたくも無かった
早く過去の事になり
どうでもいいことになり
いつか
兄の結婚話が来た時には
相手が誰であっても
受け止められる自分で居たい
そう思う様にした
そう思いたかった
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