名も無き花

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「加藤さーん、どうしましたかー?」  加藤さんは、両手首と両足首を骨折して何かと不自由しているご年配の患者さんである。  この方は骨が弱く、毎度骨折で入退院を繰り返している常連さんだ。 「テレビのリモコンを、ベッドの下に落としてしまってのぉ……美雪さん、すまんが取ってくれんか?」 「あ、はい。大丈夫ですよー。両手が使えないと、不便ですよねぇ」  ベッドの下を覗き込み満遍なく見渡すが、リモコンは見つからない。 「美雪さんは元気でいいのぅ。わしは人生で幸せと思えることが一度もなくてな、美雪さんが羨ましい」  テレビ台の裏や、ゴミ箱の中も一通り目を通す。 「そんなことないですよぉ。加藤さんも、骨折が治ればまた、元気に生活できますよ。きっと」 「苦労して職を手に入れても、直ぐに災難が訪れて職を失う。この繰り返しばかりじゃ。何でわしばっかり不幸なんじゃ。周りの上手くいってる奴とわしの、何が違うんだ!」  少し口調が荒くなったので、私はどうしたのかと思い、顔を上げる。  俯いて、肩をフルフルと震わす加藤さんがいた。(ねた)(そね)みを暫く聞かされたが、これも看護師としての仕事。我慢、我慢。 「考え過ぎですよ、加藤さん。病気や怪我をされると、皆さん気持ちが下がりますから」  ふと、ベッドの柵と敷き布団の間に挟まっているリモコンが視界に入った。 「あっ、こんなところにリモコンありましたぁ」 「加藤さんは今、幸せじゃないですかぁ。こんなピチピチの可愛いナースに、看病してもらえてるんですから」  そう言って、私はリモコンを加藤さんの胴と腕の間に差し込んだ。  加藤さんは、軽い溜息をついて肩を落とす。 「美雪さんはどうしてそんなにポジティブなんじゃ?」 「え? 考え方一つじゃないですか? 私も辛いなぁって思うときありますよ」 「あんたのそのポジティブが欲しいのぉ……」 「はい?」 「何でもない……」  加藤さんはニタリと笑う。少し元気を取り戻してくれたようだ。
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