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 人は同種の花を同じ名で呼ぶが、あやかし、それもひと春ごとにひとつの花を愛でる質のあやかしは、同種の花を毎年別の名で呼ぶのだ。  私の知り合いの蝶に似たあやかしは、人が「サクラ」と呼ぶ大木の、最も高く伸びた枝の先に咲く一輪の花に、千年ほど前から心を奪われている。  そいつはとてもまめまめしく「サクラ」がまだ幼い若木だったころからずっと面倒を見ているらしい。水を運び、声をかけ、枝を優しく揺らし、強い風からつぼみを守る。そして、美しく咲いたその花を、毎年違う名で呼ぶのだ。少し下には幾千、幾万の花が咲いているというのに、それにはめもくれず、ただ一輪の花だけをいくつもの名で呼ぶ。  千を優に超える名を、そいつは覚えているらしい。愛のなせる技といえば聞こえは良いが、私からしてみれば、あいつは千年前から狂っているようにしか思えなかった。
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