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 少し前に、彼に頼んだことがある。「僕の好きなあの子が何を考えて、僕のことをどう思っているか、聞いてみてほしい」と。愛しい花と過ごした直後で機嫌が良かったのか、彼はわかったと頷いて、しばらくあの子と話をしてくれた。  それは僕にとって、奇跡みたいな光景だった。彼は別に楽しそうにしていたわけではなかったけれど、それでもあの子の声を聞いて、確かに言葉を交わしているみたいだった。僕はそれを見て、後悔した。  もし、彼があの子のことを好きになってしまったらどうしようと、そんなありえないことを考えてしまうくらいには、混乱していた。  彼とあの子が話し終えて、僕は何と言っていたのかを尋ねた。  彼は、教えてくれなかった。  けれど代わりだとばかりにこう言った。 「おまえは、間違っている」  僕は混乱していたから、それがどういう意味なのか上手く考えることができなかった。  だから、初めてケンカをしそうになった。  僕は彼を傷つけるつもりで突風を起こした。  そのとき、花吹雪が視界を遮った。  それがなければ、きっと僕は彼を傷つけていただろう。  彼は何もなかったように、言葉を続けた。 「もともと樹木から生ずる花は、一度散っても再び咲いたそのときには同一の意識を持っているものだ」  いきなりそんなことを言うから、僕はぽかんとしてしまった。彼は無口なあやかしだとばかり思っていた。  いつもなら、彼が僕の話を頷きながら聞いて、最後に一言二言なにかを返してくる。そんなやりとりしかしてこなかったものだから、彼の口から吐き出された大量の言葉に、どうしていいのかわからなかった。  僕が何も返さないでいると、水が流れるように彼の口から言葉がはき出されていく。 「おまえが愛し続けた一輪の花と、その下に広がる幾千幾万の花に差異はない。一つの木から咲く花は、全て同一の意思を持っている。心も情も、同じものだ。おまえはこの数千年、この方の爪の先、いや、血の一滴だけを愛しつづけていたというわけだ。だが、よかったな。この方は……」  さらに続けようとした彼は、とたんに口を閉じた。花をこぼし続ける木を見上げながら、声なくのどを震わせている。どうやら、何か話しているようだった。 「ねぇ、この子はなんて言ってるの? 教えてよ」 「……待っています、だそうだ」 「それだけ?」 「それだけだ」  彼は用は済んだとばかりに背を向けて、緑色の細い木がたくさん生えている場所に向かって歩いて行った。  待っています。待っています? また、会えるのを待っているってこと? でもまだ今年の春は終わらない。今日も明日も明後日も、また会えるのに?   そう、だからたぶん、そういうことじゃないんだろう。 「ねぇ、きみ……きみたち? みんな同じなら、きみでいいのかな」  尋ねても、答えは返ってこない。きっと、この声も聞こえていないから。  ただ僕の羽が枝に触れて、花弁混じりの風が僕を揺らすだけ。 「ねぇ、僕はきみと話がしたいよ。きみも、そうなのかな」  さらさらと落ちていく。ふわふわと飛んでいく。そんな春だった。  この千年、僕は楽しかった。しあわせだった。  でも、きみはどうなんだろう。  楽しかった? つまらなかった? しあわせだった? 苦しかった?  楽しくて幸せだったら、そう言ってほしい。  つまらなくて苦しかったら、そう言ってほしい。  僕はそれに「ありがとう」か「ごめんなさい」で答えるから。  きみの声が聞きたい。  きみの心が知りたい。  僕はきみと、話がしたいんだ。
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