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初めてワタシの声を聞いたときのあやかしの喜びようといったら、それはそれは騒々しく、悲愴なほど涙を流し、ただ感謝の言葉を吐くばかりで、意思疎通がとれているとはとても思えなかった。
孤独というのは、それほど辛いものだったらしい。
ワタシたちは獣や人や虫と違い、言葉を持たず、声を持たず、聞く耳を持たず、ただ静かに生きるだけの存在だ。声も風も、枝葉をふるわせる空気の揺らぎでしかない。自らそのゆらぎを作り出すこともできない。
それは、未熟だった頃のあやかしも似たようなものだった。彼は、獣や人や虫とともに過ごしていながらも、彼らが作る空気の揺らぎを声として認識できなかったのだという。彼も、周りにいる者たちの真似をして空気を揺らしてみたが、獣や人や虫もそれを声だとは認識できなかった。
人型をしていたのが、より孤独になる所以だったのだろう。
彼は獣や虫の姿にはなれなかった。完全な人になることもできなかった。同類であるあやかしは、滅多に会えるものでもない。彼はたったひとりでいくつもの季節を巡りあるいてきた。そして、この場所にたどり着いた。
彼は、ワタシが作り出した木陰の中で眠っていた。そのときワタシの花が咲いていたのは、偶然だったのか、運命というものだったのか。
「憐れなものだ」
ワタシはそう思った。思っただけだった。ワタシにはそれを伝える術がないのだから。
だが、そのあやかしはワタシの思いを聞きつけたように飛び起きた。
「どこにいる」と「返事をしてくれ」と、わめき散らしているのが、ワタシにも聞こえた。 ワタシにとっても、彼にとっても、誰かが発した声がそのまま声として聞こえ、言葉が意味を成したのは、それが初めてだったのだ。
興味を持たないはずがなかった。語り合わずにはいられなかった。
ワタシたちの行き場のない思考は、数千年の間に地層のごとく積み重ねられていた。
それが今は言葉となって、他者に向かって流れていく。
春の雪解けのようだと思った。私は、このあやかしと出会うためにここにいたのだとさえ思った。
楽しかった。あやかしも、楽しいと言った。
嬉しかった。あやかしも、嬉しいと言った。
愛おしかった。あやかしも、同じ事を言った。
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