ありがとうを君に

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ありがとうを言いたい人はいますか? 街角を歩いていたら法被を着たティッシュ配りのお姉さんから言われた。 「ありがとうか…。」 「はい、うちの会社でそういうキャンペーンをやってまして、参加してみませんか?」 言われるがまま、拠点に通され、一枚の紙を手に簡易机に座る。 この紙に書けばありがとうの気持ちが伝わるらしい。 手紙にすればいいのだろうか? スラスラと描き始める。 まずは両親へ 次に妻の顔が思い浮かび彼女へ 友人へ、同僚へ、上司へ 色々書き連ねて行けばいつの間にかあたりは夕暮れに変わっていた。 「何書いてるの?」 気がついて顔を上げたら愛しい妻の顔。 「ああ、感謝の手紙を書いてくれと言われてな。 なかなか照れ臭いものだな。」 頭をかいて立ち上がろうとすれば彼女は優しく私を抱きしめて耳元で言った。 「ねぇ、もう思い残すことはないの?」 「ああ、感謝を伝えられたからな。 もうおもいのこすことはない。」 穏やかな顔で言えば彼女は呆れたように笑う。 「やっぱり私に貴方は勿体なさすぎるわ。 どうか幸せに生きて。 今までありがとう。」 その言葉でハッと我に帰るが起き上がれば見知らぬ天井。 消毒液の匂い。 白いカーテン。 どうやら私は事故に遭い、生死を彷徨っていたらしかった。
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