19人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「あの日、あんなことがある前から、少しずつモヤモヤした思いみたいなのを感じてはいたんだけど。でも御影はいつも笑ってくれてたから、それでいいって思ってた。でもあの日、俺の気持ち全部暴かれたみたいに感じて、自分のことなのに自分がわかんなくなって、逃げ出した。お前の手、離しちゃった。その後もどうしたらいいのかわからないまんま、お前と疎遠になって、いっぱい後悔した」
悔しそうにしている吾妻の言葉は、今度はちゃんと御影に届いてはいるけれど。
(吾妻は何を言ってるんだ・・・?)
「だから大学でこうやってまた会えたときは、驚いたけど嬉しかった。それで思ったんだ、今度は間違えないようにって」
(お前は俺が嫌になったんだろ?だから離れていったんだろ?)
「ずっと謝りたいと思ってた。でも御影は全然昔の話しないから、もしかしたら忘れてるのかと思って」
「それはお前だって・・・!」
「うん、むしろ忘れてくれてる方が好都合だと思った。イチから新しい関係を築いていけるんじゃないかって、あえて昔のことには触れなかった。思い出した御影に拒絶されたら、俺きっと立ち直れない」
吾妻は寂しげに笑った。
「でも、それが御影を悩ませてるなんて思ってなかった。ごめん」
あのときもごめん、と付け加えて、こっちを向いた吾妻は頭を下げた。
御影は、大きく吸った息を、時間をかけてはいた。
今までの話を、ゆっくりと整理するように。
これでやっと、全てのことに合点がいった。
それがわかると、その言葉は自然とこぼれていた。
「お前、どんだけ俺のこと好きなんだよ」
目を丸くして顔を上げた吾妻を見て、御影もハッとした。
(何言ってんだ、俺!)
焦る御影を前にして、吾妻はふっと優しく笑った。
それは今までで一番、幸せそうな顔だった。
「うん、好きだよ。だから今度こそ、大事にしたい」
真っ直ぐ伝えられた想いは体中に響くようだった。
何か言おうとしても何も声にならなくて、次に口を開いたのも吾妻だった。
「返事はまだいいよ。元々、長期戦は覚悟してたし。いや、もう離れるつもりないから、長期戦も何もないか」
そう言った吾妻は、本当にただ、気持ちを伝えられたことに満足しているようだった。
「でもいっこだけ聞いていい?」
ん?と御影が首を傾げると、吾妻の口元がニヤついた。
「距離が近いとか思ってたってことは、少しは俺のこと意識してくれてたの?」
吾妻が少し前のめりになって、至近距離で目が合った。
急に顔が熱くなるのがわかった御影は、吾妻から視線をそらすのと同時に、手が出た。
「痛い痛い痛い!!」
右手で思い切り、吾妻の顔を窓の外へと向ける。
「お前、調子に乗るなよ」
「ごめん、ごめんなさい、わかったから勘弁して~」
吾妻が手を何度かたたいたところで、御影はようやく右手をパッと離した。
「首もげるかと思った」
「そんなわけあるか」
首の後ろをさすりながら、吾妻はふふっと笑った。
「なんだよ」
「いや、楽しいなと思って。ね、勇太」
久しぶりに聞いた響きは、声変わりをしているのに懐かしさが残っている。
そしてより一層、鼓動が加速する。
「名前・・・」
「とりあえず、あの頃みたいに呼んでもらえるように頑張るよ」
試しに呼んでみる?と吾妻は軽い調子で言ってみたけれど、御影は首を振った。
「いやだ」
「え、なんで。試しに一回でいいから」
(呼べるわけないだろ。なんか色々、キャパオーバーなんだよ!)
誰かが窓を開けっぱなしにしていたらしい。
強い日差しとは裏腹に、爽やかで優しい風が、勢いよく吹きぬけていった。
机の上のノートがさらわれそうになって、二人は慌てて押さえこむ。
重なった手は温もりこそ懐かしいけれど、どちらも成長して大きくなっていた。
(これは・・・参ったな)
御影と吾妻は顔を見合わせて、笑い合った。
最初のコメントを投稿しよう!