初恋

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「あの日、あんなことがある前から、少しずつモヤモヤした思いみたいなのを感じてはいたんだけど。でも御影はいつも笑ってくれてたから、それでいいって思ってた。でもあの日、俺の気持ち全部暴かれたみたいに感じて、自分のことなのに自分がわかんなくなって、逃げ出した。お前の手、離しちゃった。その後もどうしたらいいのかわからないまんま、お前と疎遠になって、いっぱい後悔した」 悔しそうにしている吾妻の言葉は、今度はちゃんと御影に届いてはいるけれど。 (吾妻は何を言ってるんだ・・・?) 「だから大学でこうやってまた会えたときは、驚いたけど嬉しかった。それで思ったんだ、今度は間違えないようにって」 (お前は俺が嫌になったんだろ?だから離れていったんだろ?) 「ずっと謝りたいと思ってた。でも御影は全然昔の話しないから、もしかしたら忘れてるのかと思って」 「それはお前だって・・・!」 「うん、むしろ忘れてくれてる方が好都合だと思った。イチから新しい関係を築いていけるんじゃないかって、あえて昔のことには触れなかった。思い出した御影に拒絶されたら、俺きっと立ち直れない」 吾妻は寂しげに笑った。 「でも、それが御影を悩ませてるなんて思ってなかった。ごめん」 あのときもごめん、と付け加えて、こっちを向いた吾妻は頭を下げた。 御影は、大きく吸った息を、時間をかけてはいた。 今までの話を、ゆっくりと整理するように。 これでやっと、全てのことに合点がいった。 それがわかると、その言葉は自然とこぼれていた。 「お前、どんだけ俺のこと好きなんだよ」 目を丸くして顔を上げた吾妻を見て、御影もハッとした。 (何言ってんだ、俺!) 焦る御影を前にして、吾妻はふっと優しく笑った。 それは今までで一番、幸せそうな顔だった。 「うん、好きだよ。だから今度こそ、大事にしたい」 真っ直ぐ伝えられた想いは体中に響くようだった。 何か言おうとしても何も声にならなくて、次に口を開いたのも吾妻だった。 「返事はまだいいよ。元々、長期戦は覚悟してたし。いや、もう離れるつもりないから、長期戦も何もないか」 そう言った吾妻は、本当にただ、気持ちを伝えられたことに満足しているようだった。 「でもいっこだけ聞いていい?」 ん?と御影が首を傾げると、吾妻の口元がニヤついた。 「距離が近いとか思ってたってことは、少しは俺のこと意識してくれてたの?」 吾妻が少し前のめりになって、至近距離で目が合った。 急に顔が熱くなるのがわかった御影は、吾妻から視線をそらすのと同時に、手が出た。 「痛い痛い痛い!!」 右手で思い切り、吾妻の顔を窓の外へと向ける。 「お前、調子に乗るなよ」 「ごめん、ごめんなさい、わかったから勘弁して~」 吾妻が手を何度かたたいたところで、御影はようやく右手をパッと離した。 「首もげるかと思った」 「そんなわけあるか」 首の後ろをさすりながら、吾妻はふふっと笑った。 「なんだよ」 「いや、楽しいなと思って。ね、勇太」 久しぶりに聞いた響きは、声変わりをしているのに懐かしさが残っている。 そしてより一層、鼓動が加速する。 「名前・・・」 「とりあえず、あの頃みたいに呼んでもらえるように頑張るよ」 試しに呼んでみる?と吾妻は軽い調子で言ってみたけれど、御影は首を振った。 「いやだ」 「え、なんで。試しに一回でいいから」 (呼べるわけないだろ。なんか色々、キャパオーバーなんだよ!) 誰かが窓を開けっぱなしにしていたらしい。 強い日差しとは裏腹に、爽やかで優しい風が、勢いよく吹きぬけていった。 机の上のノートがさらわれそうになって、二人は慌てて押さえこむ。 重なった手は温もりこそ懐かしいけれど、どちらも成長して大きくなっていた。 (これは・・・参ったな) 御影と吾妻は顔を見合わせて、笑い合った。
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