第十章

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第十章

 映画のエンドロールの途中で立ち上がることができない人間がいる。  俺はその一人だ。もう映画は終わりなのはわかっているのに、エンドロールのあとにちょっとの続編がありはしないかと一抹の期待をして席を立てない。面白かった映画なら尚更だ。完全に終わって明るくなった後でさえも、余韻に浸りすぎて立てないことがある。    新しい元号は令和だった。  かつて彼らとその答えを考えたのと同じ日に話題に上がったアニメの続編が公開され、俺は今それを身終えた。いままで洋画ばかり見てきていたにも関わらず良い映画だと思った。慎重かつ丁寧に拵えられた終わりというのはこういうものだ。だが人生というものには、こんな潔い終わりなどない。  元号に名前の一字が入っていたのは律くんじゃなくて俺だった。頼んでも望まれてもいないのにお立ち台に上げられたような感覚。退院し、一人入った古びた中華屋で新元号を告げるニュースを見て呆然とし、俺はつい頼んだあんかけかた焼きそばをフニャフニャにしてしまった。冷めきって味がせず柔らかいかた焼きそばを啜りながら、あいつらはこの元号を気に入っちゃいないだろうと思っていた。  あれから二年も経つ。あの時姉ちゃんのお腹の中にいた子供は無事生まれ、今年で二歳になる。そんな未来ある子供たちには気の毒なくらい嫌な時代になったものだ。マスクがなければどこにも行けず、人と会うことが咎められる。みんなの希望だったはずの新時代・新元号は、目に見えないウイルスに蹂躙されている。スピリタスが除菌用にスーパーから無くなってしまうなんて誰が予想しただろう。こんな時代が来るともし知っていたら、三年前の俺は死への歩みを止められることができただろうか。今となってはそんなことはわからないし考えても意味がない。胸の引っ掻き傷もあの日の腹の傷もすっかり癒えた。一度ついてしまった傷は、完全に元には戻らないとしても塞がっていくものだ。そして時間が優しく痛みを忘れさせてくれる。あの傷たちに抱いた痛みを忘れて俺は今も生きている。ただそれだけのことだ。  上映会場が明るくなり、俺はやっとのことで席を立つ。出口で手指を消毒していると視線を感じる。理由は容易に見当がつく。俺が喪服を着ているからだろう。とはいえ物語の中で亡くなったキャラクターの死を悼んでいるというわけでは決してなく、葬儀前にそのまま映画を見たからというのが理由だ。ひょっとして喪服のまま映画に来るのはマナー違反だったりするのだろうか。数珠をつけているわけでもないし、パッと見るだけではスーツとなんら変わらないのではないかと踏んでいた。手指を消毒する際、人々は合掌する。まるで一人一人の小さな祈りかのように。俺も例に倣って両手を擦り付け、故人と未来に向けたささやかな祈りを捧げた。  久しぶりに会ったひばりちゃんは、すっかり大人になっていた。  ひばりちゃんはあの一件の後、お父さんとの関係性をゆっくり修復し始めた。無闇に大人に反抗することをやめ、その言葉が自分にとってどれだけ有益かを判断してから取り入れるようになったという。その結果、美術科の高校に行くことはせず、代わりにレベルの高い進学校を目指すようになった。 「自分の頭の中だけでは想像力に限界があります。誰かを本当に救うことができる漫画を描くためにきちんと勉強したいんです」  進路相談の面談でそう言っていたことを思い出す。ひばりちゃんは心に傷を負った人を真に理解するためにカウンセラーになることを志した。立派な夢だと感心していたら「いつか和哉さんのことも治してあげるね」と悪戯っぽい笑みを向けられる。俺やニシナ、そして律くんの存在が、ひばりちゃんの将来を変えてしまったのかもしれない。苦手だった数学や理科も克服し、ひばりちゃんは無事都内トップクラスの進学校に合格することができた。元々賢い子だったから意外ではなかったが、それでも彼女の頑張りは目覚ましいものだった。そうして晴れやかな顔で檜塾を卒業した一年後、俺は高校の制服に身を包んだひばりちゃんと再会することになる。 「もしかして和哉さん?」  聞き覚えのある声がして振り返ると、黒髪を肩まで下ろした少女がこちらを向いていた。前髪が重くマスクをしているから顔が見えづらいが、それだけでひばりちゃんだとはっきりわかった。新品の制服に身を包んだひばりちゃんは、まだ折り目のしっかりついたスカートを昔より短い丈で履きこなし、品のある洗練された女子高生といった様子だった。  俺たちはそのまま合流して葬儀会場に向かった。流行りの感染症の対策のためか、人望の割に小さな会場で行われた葬儀場には、すでにちらほら馴染みの顔があった。 「日野家 葬儀会場」と書かれた看板の先の受付から、葉山さんがこちらに向けて会釈してきた。  日野さんは今月の初めに体調を崩し、そのまま回復することなく亡くなってしまった。ただ苦しむこともあまりなく、形容するにぽっくりと逝ってしまった。人生100年時代と呼ばれる現代では大往生とは呼べないかも知れないが、愛を持って生徒を導き続けた自身の73年間の人生に、彼は後悔などしていない様子だった。  教育に人生を捧げて生涯独身だった日野さんの喪主を務めたのは国語の講師をしていた鈴木美代子さんだった。喪に服すための真っ黒な着物を纏っていても、どこか孔雀のように煌びやかな美人のおばさん。日野さんはとっくに両親を送っていたとはいえ歳の近い弟さんがご健在で、当然彼が喪主をやるものだと思っていた矢先、遺書に「遺産の全てを鈴木さんに」という文言があって親族は大騒動になった。一方で当の鈴木さんには全く驚いた様子はなかったという。あとで聞いた話だが、彼女は日野さんの昔の教え子で、ホステスとして働いた頃に心配してやってきた日野さんと交際を始め、水商売から足を洗うために講師として雇ってもらったのち遺産を掻っ攫っていったのだった。  親族は顔を真っ赤にして怒ったというが、自分の遺産をどうしようが日野さんの自由だ。最後に彼は人生を謳歌したんじゃないかと思う。葉山さんは人間なんてずるいものだと言ったが、聖人君子のような日野さんのそんな最期を聞いてちょっと納得した。そういえば鈴木さんと俺は、同じ求人募集で採用されている。妙にあっさり採用された理由の真意がなんとなくわかった気がして、薄い笑いが漏れた。実に俺らしい理由じゃないか。  では檜塾も鈴木さんが続けるのかといえばそうではない。だからといって塾が閉校になるわけでもない。新しい塾長として指名されたのは牧くんだった。  彼は今年大学を卒業したのだが、感染症の仕業で就活が上手くいかず卒業の直前まで就活浪人をするか迷っていた。その矢先に日野さんが倒れ、心配性の牧くんは感染予防の観点から面会できない代わりにほぼ毎日病室に電話を入れ続けた。その誠意に打たれ、次の塾長をやってくれないかという打診があったのだという。当初牧くんは大いに戸惑ったが、三日と立たないうちに決意を固め、この塾を存続させていくことを決めたらしい。今ではあのうざったい前髪を軽く流し、爽やかな黒髪の好青年として葬儀に参列している。飲めない酒に美味くもないタバコとも縁を切り、無理にチャラついた口調で話すこともやめてすっかり落ち着いてしまった。この二年で一番変わったのは彼かもしれない。  時勢を考えて葬儀後の会食もなく、ひばりちゃんとは葬儀が終わった後そのまま解散した。本当は少しくらいお茶をしても良かったのだが、俺はこれから用事がある。そのことを知っていたひばりちゃんは寂しげに笑って「また連絡しますね」とだけ言って別れた。生きている限り、会えなくなることはない。俺は笑い返して手を振った。  そのまま帰宅して扉を開くと、家の中には何もない。それもそのはず、今日俺はこのボロアパートとおさらばをする。今までミシミシと恨めしげな音を立ててきた階段とも今日でお別れだ。唯一まだ残っているのは備え付けのキッチンと洗面台、トイレくらいだ。元々大層な暮らしをしていたわけでもないとはいえ、物がすっかりなくなってしまうと虚しくなるほど広々として見えた。洗面台に立ってみると俺が映る。少し頭痛がして、まだ髪が長かった頃の俺が見える。自分で見ても情けないツラだ。ムカついて鏡を軽く殴ると幻影は消えた。律くんの自殺未遂の騒動で、特に後遺症は残らず傷も失せたが、この幻覚だけは月に一回くらい現れる。しかも見えるのは一番最悪だった頃の俺だけだ。これはひょっとして脳からのなんらかのメッセージなのだろうか。生活に支障はないが、見たくない過去を繰り返し見せられることはかなり不快だ。居間に戻ると少し座ってみる。  二年という月日は長くも、短くもある。人が変わるには短過ぎて、変わらないでいるためには長過ぎる。その間に俺は数え切れないほど髪を切りに床屋行った。生きていれば髪が伸びるし垢も出る。それでもニシナが俺の髪を切ってくれたのは、一番最初の一回きりだった。  ニシナはあれからうちに来ることはなくなった。別に積極的に縁を切ったわけではないし、あの日取り乱したことへの謝罪もあり、元の関係性に戻ろうと思えば戻れたと思う。だがニシナはそれを選ばなかった。どんなに辛くても苦しくても、もう決して律くんの手を離さないということを決めたのだと思う。信じていた恋人が自分を捨て置いて死にに行ってしまったことがどれだけのショックであったか、完全に理解することは難しい。律くんが目覚めた後に本人から助けたことを咎められたともいう。それでもニシナは決して諦めず律くんの側にいる。だからこそ俺は、ニシナが律くんの側にいられる選択肢を守れたことを勝手に誇りにしている。  時々夜中に電話がかかってきたりして、律くんと喧嘩したことや家を飛び出したことが知らされるが、そのあといきなり連絡がぱったり取れなくなるたびに彼らは仲直りをしているのだろう。二年間飽きもせず喧嘩しては仲直りを繰り返している。その間にニシナは専門学校を卒業し美容室に就職した。俺の誕生日を祝うメッセージには「結婚式ではスピーチをお願いするね」と書かれていた。ぜひその約束を守らせてもらいたいものだ。  一方の律くんとはこの二年間で随分仲良くなった。というか、一方的にメッセージを送りつけてくる。なぜ命を絶とうとしたのか質問することはあえてしていないが、「和哉が生きてる限りは無理かもなあ」などと言ってくるためもう死ぬ気は失せたんじゃないだろうか。いや、失せたに決まっている。律くんは今人生が楽しくて仕方ないはずだ。  退院した律くんはすっかり声を取り戻し、もちろん歌も歌えるようになった。本人としては死に損なった気分で何のやる気も起こらなかったというが、せっかくなんだからまた歌ったらどうだとニシナに背中を押されたらしい。  そこで生まれ変わったつもりで心機一転、髪を切り、名義を本名である熊見律生(クマミリツキ)に変え、既存アカウント(つまりフォロワーが山ほどいるetecooのアカウント)で顔出しのセルフカバー動画を上げたところ、それはもう信じられないくらい拡散され、一瞬で100万再生を越えた。本人は喜び驚いていたけれど俺は少しも、いや全く驚かなかった。お前規格外にかっこいいんだから当たり前じゃん。その時に本名が律ではなく律生なのを初めて知った。死んでしまいたい日々の中で、「生」の一文字は彼には重かったのだろう。でも彼は一度死に損ない、生を背負うことを決めたのだ。  その時もニシナがいじけて家出したらしいが律くんはあまり気にせずそのまま顔出しと肉声で活動を続け、半年後には大手事務所所属が、一年後にはメジャーデビューが決まり、今では駆け出しのちょっとした人気歌手となった。  人気の理由はもちろん歌だけではなくそのビジュアルや性格にもあるので、アパレルブランドのモデルを務めたり、ネットで雑談のライブ配信をしたりして支持を得ている。昔と違って自分のやりたいことだけできるから楽しくて仕方ないらしい。そしてこれは内緒らしいが、来年予定されている初のツアーを終えたら、ニシナにプロポーズする予定だという。誰がどう考えても絶対成功するので俺としてはさっさとしてほしい。 部屋でひとり見た歌番組のインタビューで、今度はドラゴンボールのトランクスみたいな髪色と頭になった律くんが爽やかな汗を流しながら「生きててよかったです」と言っていたのを俺は聞き逃さなかった。  律くんとニシナのラブラブカップルの惚気を聞く一方で、一番心配していたのはムヤのその後だ。ムヤは律くんの顔出し動画がバズったあたりでニシナのことをきっぱり諦めたようだった。「ほのちゃんが幸せになるビジョンが見えた」かららしいが、大方律くんには敵わないことを悟ったのだろう。正しい判断だと思う。同時に大学受験も諦め、代わりに資格スクールで学んで公務員資格を取得するために勉強しはじめた。そして昨年の春から役所に勤めている。  資格取得までひいひい言いながら勉強を聞きに来たくせにいざ働き始めると威張り腐って「このご時世公務員は勝ち組ですから」などと言い出す。ただ俺はムヤに感謝しなければならない。ムヤが公務員資格を取得する勉強をしはじめたのに影響され、俺も再度教員免許の取得を志すことができたからだ。感染症が流行ってしまってからはあまり行っていないが、俺とムヤは家が近いこともありよく飯にもいくようになっていた。歳は離れているもののいわゆる友達ってやつだろう。役所に可愛い女の子がいるらしく、最近はその子に気があるらしい。新しい顔での新しい生活、そして新しい恋をムヤは楽しんでいるようだった。  俺は立ち上がり、まだ新居に送っていないわずかな荷物をまとめた鞄を抱えて家を出た。特に愛着があったわけでもないが、もう帰らないとなると流石に少し寂しくていつもより時間をかけて戸締りをする。大家さんに鍵を返し、駅へ向かった。自分が喪服のままであることに気が付いたのはその時だったのでもう遅い。俺は新天地へ喪服で向かうことになった。  周りの人々は時間と共に着実に変わっていった。その変化の大小に関わらず変わったという事実はある。そして肝心の俺だが、根っこの部分は何も変わっていないように思う。行動を起こすこと、何かを選ぶこと。かつて恐れていたそれらを器用にやってみせるようにはなった。だが、相変わらず自分のことは全然好きじゃないし、生きていくのはそれなりに苦しい。でも多分それはみんなそうなのだ。みんな与えられた「自分自身」や「今現在」に納得していなくて、だから死にたくもなるし変わり続けている。変わることがなくなるというのは、それこそ死そのものだ。  俺は俺であって俺以外の何者でもなく、悲しいことに、生きている。残念だけどそういうものなのだ。だからせいぜい辛うじて褒められる部分を上手に使っていきながらやっていくしかない。悲観したって捻くれたって誰も助けてはくれない。かつては愛とか恋とかいうものが魔法みたいに人生を楽しくしてくれるような気がしていたけど、それも違うことにニシナたちをみて気付いた。だからじゃないが、あれ以降葉山さんとは別にどうにもなっていない。ただ顔を合わせたら挨拶をし、時々世間話をし、稀に一緒に昼飯を食べる。その中で葉山さんが三十を目前に婚活に勤しんでいることを聞き、またちょっと己の境遇に笑ってしまった。葉山さんは来月、葉山さんでなくなるらしい。  駅のホームは閑散としていた。急行まで時間があったので、ぼんやりベンチに座って線路を眺める。俺が新しい街に行く理由は、歴史の非常勤講師として私立中学に雇われたからだ。退学をしたせいで必要取得単位などが面倒くさかったけれどめげず、やっとのことで中学校の教員免許を取得することができた。だが肝心の教員採用試験は落ちてしまい、ムヤに散々バカにされた。悔しかったのと、せっかくだから早く教師として働きたかったのでとりあえず非常勤講師としていくつかの学校に応募し、なんとか採用してもらうことができた。産休に入る先生の代わりとして五月から働くという勤務内容のため、実を言うと四月にはもう俺は塾を退職するつもりだったのだ。しかし退職を告げようとしていた矢先に日野さんが体調を崩してしまい、言い出すのが遅くなってしまった。  申し訳ないと思いつつも病室に電話をかけ、退職を告げる。日野さんは俺が教員としての道を再び歩み始めたことをとても喜んでくれ、同時に少し残念がっていた。本当は次の塾長は俺に、と考えていたという。このことはもちろん牧くんには言っていない。でももしあのまま塾に残っていたとして、そのお願いは断っていただろう。俺は上に立つ人間ではない。そういうのは、明るくて意欲のある牧くんの方が適任だ。その牧くんは印象が変わっても泣き虫だけは治らず、俺が退職すると聞くと泣きながらも教師の道を応援してくれた。  非常勤講師という契約上、いつまで次の街にいるかもわからない。俺としても来年にはきちんと教員採用試験を受け直し、今度こそどこかの学校で教師になれればいいと思っている。もともと教師になりたかったはずが、日雇い労働者になり、塾講師になり、そして非常勤講師になろうとしている。かつては人生のレールとやらから外れたと思っていたのに、未練がましく這いつくばって戻ってきたようだ。土壇場でしがみ付いて這いつくばる根性くらいはあるのだ。思っていたよりやれるやつだ、市子和哉という男は。  ふと、ベンチの脇で誰かが横になっていることに気付く。こんな昼間から酔っ払っているわけでもないだろうし、体調でも悪いのだろうか。ベンチを立ち、顔を覗き込む。そして俺は小さく声を上げた。  倒れ込んでいるのは俺だった。正確には、さっきアパートの鏡で見えたボサボサの髪のだらしない俺だ。口からだらしなく涎を垂らし、毛玉だらけのみすぼらしいパーカーを着込んで小さく呻いている。よく見たら、出血している腹と、折れているらしい脚を庇って芋虫のように蠢いている。そして恨みの籠った目でこちらを見ている。まるで「お前のせいだ」とでも言いたげな顔で。そいつは何も喋ってはいないけれど容易に理解できた。  だってこいつは俺自身だ。俺が生み出し、今まさに殺そうとしている存在。  死にかけているそいつは苦しみに悶えているようだった。そしてその苦しみを俺は知っている。あの最悪だった自分を抜け出すために受けた痛みの全てだ。その中には、自暴自棄になって死んでやろうと浴びた酒や市販薬、さらに自分を呪い続ける呪詛のような思考回路だって含まれている。  俺はかつてニシナにしてやったように─そしてあの日律くんを庇った時のように─昔の俺自身を抱きかかえた。    時刻表が点滅している。間もなく電車がやってくる。  自分自身を抱きかかえたまま立ち上がり、ホームに近付いていく。電車の到来を知らせる風が俺の頬を撫でて髪を揺らす。 最後に一度だけ抱えている俺自身を見た。ありったけの憐憫と慈愛を込めて。俺は今、喪服を着ている。腕の中のそいつは目を閉じていて、眠っているのか死んでいるのかわからなかった。これで終わりだ。お前はもう、苦しまなくていい。  少し膝を屈めて反動をつけると、俺は線路の中にかつての俺を放り投げた。  ひどく清々しく、晴れやかな気持ちだった。  線路に着地するのと同じかそれより早く、特急列車がやってきてそいつを轢き去る。人間だったものは肉塊になり、肉塊だったものは温かさを持ったどろりとした液体として俺に跳ねてくる。えぐみのある鉄の匂いが鼻腔に充満する。びちびちという不快な音と共に足元や視界が鈍い赤色に染まる。  刹那、強烈な頭痛がして俺は思わず目を閉じた。顔に跳ねた血を拭おうと顔を擦りながら目を開くと、そこには開いた電車のドアだけがあり、俺の手は綺麗なままだった。なんとなく、もう二度とあの幻覚をみることはないだろうという確信がした。  かつて俺には、どうしようもなく焦燥感だけが傍にあった。またいつ襲いかかってくるかはわからない。無理矢理手懐けたそいつを宥めながら、ドアが閉まりかけた電車の中に飛び乗った。
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