第一章

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第一章

 高濃度アルコールは脳をだめにするが消毒の効果はあるらしい。スピリタスとかいう度数のバカ高い酒は除菌の効果があるとどこかで見た。では高濃度アルコールに脳がダメにされている俺は世界から除菌されているということになる。なら早く消えて無くなりたい。空のストロング缶を握りながら眠っていたらしい俺が目を覚ますと、カラコンを入れた目がこちらを見返していた。 「あ、いっくん起きた? サンドイッチ買ってあるよ、食べよ」  ゴミみたいに汚い部屋に不釣り合いなショートパンツの生足が視界に入る。もう10月も終わるというのに寒くないのか。こいつは俺の部屋に無断で上がり込んでくるかしましメンヘラ居候・ニシナ。といっても部屋の鍵を開けっぱなしにしているのは俺で、実はニシナが来るのを期待しているとかでは全くなく、この間部屋で一人飲みすぎて潜在的なタナトスに支配され暴れまわったときに金属バッドで鍵を複数回殴打し、破壊して、まだ直していない。だからニシナの侵入を防ぐ術がない。そうこうしているうちにニシナは勝手にサンドイッチの包みをあけムシムシと食い始める。 「おれのは」 「あるよ、はい、タマゴサンド」  そういうニシナはなにを食べているのかと覗き見ると、そこそこ値の張るブルーベリーのフルーツサンドを食べていた。 「あ、ひょっとしてこっちのがよかった?」 「……いちごのとかねーの」 「えーほのがさっき食べちゃった。もうタマゴとハムタマゴしかない」  そんなにタマゴが好きそうな顔に見えるか。  ないもので喧嘩してもしかたないので惰性でタマゴサンドを食べる。喉がアルコールと冬の空気で乾燥しているからパンが喉粘膜を通らない。半ば窒息しそうな感覚でサンドイッチを食べ進める。  ほの、という一人称は、ニシナの下の名前である「ほのか」に由来している。仁科帆架(ニシナホノカ)、19歳。美容の専門学校に通っており、赤く染めた髪をショートカットに切りそろえ、マシンガンで撃たれたのかというレベルで耳がピアス穴だらけ、いつもサイズの合っていないデカすぎるパーカーを着て、大概足を露出させている。 「てかさーいっくん名前と被ってるからいちご避けるとかないんだ」 「苗字は選べないだろ」 「結婚したら選べるよ」  結婚か。俺には無縁の話そうだな。ニシナはこうしてうちに(なぜか)居候しているが彼氏がいる。ニシナのほうはそれはもうぞっこんらしいが交際は順調ではなく、聞く限り片思いに毛が生えたような感じに受け取れる。だがこれもやはり別に俺には無縁の話だ。 「ほのはお嫁さんになるのが夢だからねー」 「へえ」 「そういえばいっくんって夢とかあるの?」 「ゆめ?」  思わず拍子抜けしてしまった。自分で言うのもなんだが、俺にそんなこと聞くか? というかこいつ、一応俺と死にたくて構ってきているわけじゃないのか? 自殺志願者って夢とかあるのものなのか? 上手に死にたいとか? 「なんでおれにそんなこと聞くの」 「なんでってなんでー? 気になったから、しかないけど」 「お前俺の現状わかってるよね」 「あーそっか、ごめんごめん! 夢破れちゃった感じっぽいもんね。じゃ“夢とかあったの?“ でいいのかな? ん?」  てへ、みたいな顔でこちらを覗き込んでくるが、人によっては結構ダメージを受けそうことを言っている自覚を持ってほしい。俺はすべからく夢は終わったものとして処理できているから別に問題ではないんだけど。昔だったら人に挫折経験を話すのは恥ずかしかったが、すでに恥を感じるプライドなどどこにもない。だから特に恥ずかしげもなく続ける。 「俺は教師になりたかったんだ」 「そうなの? 意外かも。バンドとかやってる系だと思った」 「違う。割と本気で教師になりたかったし、実際いい所までいってた」  なりたかった、というより、親にそう望まれたから、ならざるを得なかった。そのために大学では教育学部に進学した。受験もそれなりに頑張って公立の大学に行ったけど退学してしまった。教育課程の授業もそれなりにうまくいって、教師に向いてないと思ったわけではなかったのだが、大学を卒業できなかった。 「もう諦めちゃったの?」 「必要な資格取れてないし取り直す気力もないし。あったらとっくにやってるよ」 「やればいいじゃん。いっくんどうせ日雇い労働者なんだからスケジュール的に余裕じゃん」 「働く気力をブロンに借りてる奴が教育なんかできるかよ」  サンドイッチも食い終わったので不貞腐れて再び床に突っ伏す。 「ふーん」  するとニシナも床に寝転がり、伏せた俺に視線を合わせてくる。首を少しだけずらしてニシナを見ると、長いまつ毛の側で、化粧品の塗りたくられた瞼がきらきらしているのが見える。 「できるよ。いっくんなら、絶対できる」  妙に自信のある口ぶりだった。  一体どう言うわけなんだろう。どうせ本気で死にたいと思っていないくせに一緒に死のうなんて言ってきたと思ったら、今度は諦めた夢を応援してくる。言っていることに整合性がない。正直全く訳がわからないし、こいつの口車に乗る必要もどこにもない、のだが。 惰性で生きているより、惰性で夢を追っている方が、なんだか高尚な気がしてきた。高尚に生きたいわけではないし、落ちぶれたままで大いに結構ではあるが、そんな生活をしているから、ニシナみたいな奴がよって来てしまうのかもしれない。そもそも今の俺には何もない。もう一度夢に破れようが、ショックを受けることも、失うものも何もない。  ぼんやり日々を過ごすより、多少やることがあった方がマシかもしれない。ブロンを一日二瓶飲む生活は経済的にも健康的にも、はなから労る気のない精神的にも、結構きついものがある。脳みそを疲弊させた方が寝付きも良くなるかもしれないし。 「寝て起きて元気だったら考えるよ」 「そうねー、ほのも眠いなあ。お昼寝しよっか」 「早く帰れ」  なぜかいつもやたらと近くで寝ようとしてくるニシナから距離を取りながら、俺は再び目を閉じた。 ⭐︎  翌日、ニシナは紙束を抱えてやってきた。教職のテキストでも買ってきたのかと思ったが、紙束の正体は学習塾の求人ビラの数々だった。ニシナ曰く、「いっくんは完璧主義だからなんでも頑張っちゃうのがいけない。塾でバイトすれば立派な先生じゃん。ほのおかしなこと言ってる?」とのこと。確かに起き上がるのもやっとなのに資格の再受験をする気力はほとんどなかったし、教育をやる点なら学習塾も変わらない。大手の塾は採用時のテストの難易度が高いから、個人経営の小さめの塾の、しかも中学生を教える先生ならそこまで勉強しなくてもきっと解ける。などと無駄に戦略を練ってきたニシナの熱気に押され、俺はその日から細々とテスト用の勉強をすることになった。  勉強するのは悪くなかった。引くほど学力が落ちていることに一抹のショックはあるが、普段のどんよりして堂々巡りの思考から解放されるのは気楽だった。俺は文系で、もともとは社会科の教師になりたかったが、数学も理科も中学の範囲なら勉強してもそこまで苦痛ではなかった。近所の古本屋で教材を買って、毎日五教科をまんべんなく勉強することにした。 「いっくん、今日はなんの勉強?」 「地理」 「頑張ってるね。肩揉んであげる」 「やめろ、ペンが揺れる」  ニシナは毎日やってきては応援だか妨害だかよくわからないことをして帰っていく。勉強をするにも必要でしょ、と差し入れでブロンを買ってくるが、それも応援だか妨害だかわからない。確かにブロンがないと動けないから行動するのを手助けしている気持ちはあるのかもしれないが、そもそも全うな人間はこんな方法でやる気を出したりしない。  夢を応援されたことで、ひょっとしたらニシナは俺にまともになってほしいのかもしれないと少し思ったが、この調子ではそうでもないらしい。家の鍵はとっくに直したが、わざわざ来るのを追い払わない俺も俺だから、理由もなく毎日やってくることにあまり文句も言えない。工場での一件からもう二ヶ月になる。一体この女はなんなのだ。窃盗や詐欺でも働くつもりなのか。だが今のところ通帳もカードもなくなっていない。だったら保険金かけられて殺されるのかもしれない。だけど惰性で生きている以上別にそうなっても構わないかもしれない。  そうこうしているうちに一か月くらい経過し、小さめの塾の面接を受けてみようということになった。そこで問題になったのが格好だ。スーツなんて退社して以来着ていないし、何より髪型が小汚すぎる。しかし美容室に行くのは嫌いだから行きたくない。千円カットで手早く片付けようかな、とニシナに相談した。 「それだったらほのが切ってあげるよ。まだ資格持ってないけど美容師になりたくて実習してるしさ。練習台になると思って髪切らせてよ」  確かに、と思った。それなら金もかからない。ニシナがどれほどの腕前なのかは知らないが、自分の見た目に対したこだわりもないので、俺は提案を飲むことにした。 髪が散らかるからお風呂場に行こう、といわれ、促されるまま風呂場に向かう。 「はい、首下げてー」  新聞紙を敷き詰めた風呂場の床の上で簡素なプラスチックの椅子に座る。元々体を洗うくらいにしか使わないから中々体勢がしんどい。必然的に猫背になったところにニシナがエプロンをかける。顔を上げて鏡を見ると、新聞紙で簡素に作った大きなエプロンをかけた俺の後ろでニシナが笑っていた。背中の後ろで雑に括られたエプロンはなんだか涎掛けみたいに見えた。そんなことを考えていたら照れ臭くなったから俯いておくことにした。横目で見たニシナは機嫌良さげだった。 「どんな風にして欲しい?」 「好きにしてくれ」 「それで言ったら今のいっくんが好きだけどなあ」  つつ、と、細い指が俺の髪を撫でる。昨日風呂入ったっけな。油ぎってて汚いだろうから触ってもいいことないんだけどな。俺は相変わらず俯いて、しばらく好きなようにされていた。ニシナは束で少しずつ髪を摘んでは指でくるくると弄ぶ。  居心地の悪いような、妙な気持ちになった。  そのまましばらく放っておいたが、一向にやめる気配がない。やっぱり切らない、とか言い出されたら困るので口を開く。 「お前が良くても今のままじゃ社会に馴染めないんだよ。切ってくれ」 「そうだよね。そしたらほのの好みで切るね」  名残惜しそうに髪を手放すと、ニシナは口元に手を当てて考え始めた。やめろ、臭くても知らないぞ。  少しの間考え込むと、ニシナはイメージがまとまったようで、鏡越しに腕まくりをしてハサミを構えるのが見えた。  いくよ、とつぶやくと、俺の襟足のあたりにハサミを入れる。そしてジャキジャキと割と容赦なく切り進めていく。さっきまでの未練がましそうな様子はなんだったんだろうか。髪が切られているということは今まで見えていなかった首とか頭皮のあたりとかが見えるようになっていくってことだよな。フケとか大丈夫だろうか。髪洗ってから切って貰えばよかった。億劫だけどこれからは風呂に入る習慣を取り戻さないといけないな。 「あ、やば……切りすぎたかも」 少し手を止めて今しがた切った毛束を確認しているらしい。バツの悪そうな声色だがそんなに切りすぎたのだろうか。 「最悪坊主でいいからあんま気にすんな」 「坊主の塾講師って訳ありっぽいね。」 「できれば避けて欲しいけど」 「ていうかほの切りすぎてなかった。あのさ、言いづらいんだけど、いっくんハゲてるよ」  うそ。ハゲてる? 俺が? 「あ、言葉足りなかった。十円ハゲね、円形脱毛症? ストレスのやつ。やっぱいっくんの希死念慮ハンパないね」 そう言うことか。自分じゃどこだかわからないが、一時期やたら抜け毛が気になることがあったな。そこまでショックではないが、これでスキンヘッド以外の坊主の線は無くなってしまった。ハゲ散らかしてる坊主はキツすぎる。  ジャキジャキ、と髪を切る音を除けば、風呂場は不思議な冷たさと静けさがあった。その空気に居心地の良さを覚えながらじっと目を閉じていると、髪を切る音が止まった。 「うん。できた。……やば、いっくんなんか、あの人に似てる。誰だっけー、あの、こないだM1の敗者復活で負けてた……」 そいつ、大事な局面で負けたり俺なんかに似てるって言われたり散々だな。鏡を見て、ニシナの言わんとしていることはだいたい理解した。いる。絶対こういう感じの漫才師はいる。多分そこまで売れない。というか、髪型だけならジャニーズにいそうな爽やかなセンターパートにされてしまった。就活の上では好印象だろうからこれでいいのだが、似合ってるかどうかは致命的だ。こんなに顔を出して生きたことがない。 「けっこー似合ってない? やっぱほの似合わせカット得意だよねぇ。いっくんかっこいー」 「似合ってんのかなこれ」 「本人は見慣れないとなかなかしっくりこないもんなの! ほのが似合ってると思うってことは似合ってるよ、ほの厳しいもん、そう言うの」 うーむ、と口をひん曲げながら腕組みしているセンターパートの男にはやっぱり違和感がある。だが、少し前までの長髪姿よりは少し社会に馴染めそうな感じがした。  見た目が変わっただけで中身はなにも変わっていないし、学力もまだまだお粗末なものだったが、勢い付いた俺は早々に履歴書と証明写真を用意し、学習塾の面接を受けることになった。  選んだのは、電車で一駅いったところにある檜塾という学習塾だ。非行による成績不振だとか不登校児だとか、そういうちょっと一癖ある子供たちを、おじいちゃん塾長の昭和マインドで優しく公正させる古風な塾。募集の性質的には、バリバリ教えられる凄腕講師を募集するというより、塾長のマインドを理解できて生徒に寄り添える講師を募集していると言う感じだ。ホームページには塾長の理念が桜の木の背景の上に明朝体で書いてあるページがある。正直そういう思想・信念で動く人間って暑苦しくて苦手なんだが、俺も一癖以上あるし、生徒たちにもなんとなくシンパシーを感じたので面接を受ける決心がついた。駅前のチェーンのスーツ屋で就活生に混じって買ったスーツの襟を正し、俺は木造の校舎に入った。  結果からいうと俺は採用された。あっさりだった。郵送した書類の時点で合格だったらしい。というのもこの塾は代々卒業生のバイトを講師として雇ってきたから、講師としての質は高くなかったらしい。不足していた学力を補うのは塾長・日野さんの役割だったのだが、年齢的にそろそろしんどくなったので、それなりの学力を持った若手を探していた。かと言って講師をやる気に満ちた高学歴人間が来るとこの塾の生徒たちは劣等感を抱いて嫌がる。そこで俺だ。そこそこいい大学に入って学力は担保されてるのに、中退した挙句仕事もやめてこのザマ。 「あなたは強くない人間の気持ちがよくわかると、そう思ったんです」  目の前に座る、少しよれたシャツにニットを着込んだ白髪頭の塾長、もとい日野さんは優しい口調でそう言ったが、要はそこそこの学歴の社会不適合者を探してたってことだろう。どう返していいのかわからず俺はそうですかへへへ、と変な笑い方をした。木製の机に置かれた湯呑みに映った俺の顔は片方の口角だけ無理矢理釣り上がっていて、髪型が変わっても相変わらず不健康そうだった。  少々引っかかる部分はなくもないが、俺のチャレンジはあっさり終わった。来週から無職じゃなくなるのは悪くない。ぼんやり生きていたが、ぼんやり事態が好転している。頑張るとろくなことにならないからもう頑張りたくはないし、このくらいの変化で何か変わるとは思えないが、俺が行動することになったのはニシナのおかげで、まずはニシナにお礼をしないとならない。  なんて言おうかな。ありがとうは言うとしても前置きが欲しいな。そういえば今月はクリスマスだ。いや、イベントに託けて感謝を述べるのはいくらなんでもキモすぎる。多分もう来なくなる。というか実はニシナって俺の妄想の産物で、こうやって俺がまともになったらキラキラ輝きながら消えていくのかもしれない。もうほのがいなくてもいっくんは大丈夫だよとか言いながら。そっちの方がキモすぎる。都合の良すぎる妄想をするな。  最寄駅で降り、その近くのコンビニが見えてくると、店の前に例の赤い頭が見えた。さっきの妄想のせいで、話しかけたら消えてしまうかもなどというおかしな考えに至り、遠くからしばらくその姿を見て声をかけるのを躊躇ってしまう。ニシナはずっと店内を見ていてこっちに気付かない。何か欲しいものでもあるんだろうか。それを買って待っておけば今度来た時感激するかもな。様子を見にもう少し近付こうと俺が足を進めた瞬間。 コンビニの扉が開いた。そして、ニシナの表情がふわりと綻んだ。  コンビニから出てきたのは、ヴィジュアル系バンドマンと少女漫画の王子様を足して二で割ったような見た目のやつだ。全体的にゴテゴテしたアクセサリーやら服やらを着て、眩しいほどに明るい水色の髪を肩くらいまで伸ばしている。ばっちりメイクもしていて男だか女だかよくわからない。服の襟がやたら長くてそれで口元を隠している。そして髪から覗く耳にはニシナ以上にピアスがついている。見た目だけでも嫌ってくらいわかる。こいつがニシナの彼氏だ。おしゃれとかはよくわからないけど、ゲームの敵キャラみたいでかっこいい。めちゃくちゃお似合いだ。こんな見た目のやつでもコンビニ行くんだな。  幸せそうなニシナを見てそっとしておこうと思った俺は、そのままコンビニの横を通り過ぎようとする。変に踵を返しても自分が傷ついてるみたいで嫌だ。全然傷ついてない。ニシナは毎日彼氏の話をするし、そんなことはわかって接している。仮に俺が通ったところで普通に会話すればいいだけの話だ。変に気をつかう方がおかしい。 「あ、いっくんじゃん!」  イケメン彼氏だけ見ておけばいいのに、歩き始めた俺にニシナは気付いたようだ。俺も普通に対応する。 「よう。」 「やっほー。あれ、そういえばいっくんに会うの初めて?」  イケメン彼氏はコクリと頷く。ニシナはそうだよねー、といいながら続ける。 「このひとはいっくん。前言ってた工場の人。あ、いっくんにも紹介するね。こちらがほのの彼氏の律くん! 律くんも闇深だから仲良くなれると思うよー!」  俺と律くん(?)はとりあえず会釈し合う。もうこのくらいにしてくれないかな。律くん困ってるよ。さっきから何も言わないし。 「そうそう、律くんは失声症だから喋れないんだ。怒ってたりするわけじゃないから気にしないで。いっくん気がちっちゃいのに悪いことしちゃった」  そういうと律くんはスマホの画面を見せてきた。 『こんにちは ほのかがお世話になってます 今度飯でも』 「律くんはずっといっくんと仲良くしたがってたんだよー! 病み垢界隈って女の子ばっかだから男の子の友達欲しいんだって。よかったら仲良くしてあげてね、ほのからもよろしく」  俺が何も知らないところで色々噂されていたらしい。病み垢界隈?なんだそれ。物騒だな。というかニシナ、面接のこと何も触れないな。あとさっきから律くんの目力がすごい。 「じゃあほのと律くんはこのままお家帰るから。いっくんも気をつけて帰ってねー!」  再び律くんはぺこりと頭を下げ、ニシナとともに俺の家とは反対の方向へ進んでいった。律くんはニシナが話している間もずっと俺を見ていた。俺に興味があるのは本当なんだろう。真っ黄色のカラコンはギョロギョロしていて、何かを見透かされている気がした。  俺はそのままコンビニでストロング缶と弁当を買って帰って、その日は風呂に入らず寝た。明日は何もない。職が決まって前より死にづらくはなったが、死にたさはやっぱりなくならないものだ。なんとなく明日はニシナは来ないだろうという予感がした。  その日は寝付けなかった。仕方ないので、布団からにじり出るとブロンを開けて全て流し込んだ。眠ろうとしてうとうとするたび、律くんが持っていたコンビニの袋から覗き見えたコンドームが頭をチラついて、やっぱり眠れなかった。
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