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「じゅ、10万年……だと!」
愕然となる。一体、オレの身に何が起きたのか!
《極長期間の冷凍睡眠は実例が無いからハッキリとはしないけど記憶障害が起きている可能性があるから、あなたの状況を説明するわ。よく聞いて欲しいの。実は……》
よくよく見ると、シェリーの顔画像はAIで合成されているようだ。多分、いくつかの表情をラーニングして話の内容に合わせているのだろう。
……ああ、思い出してきたよ。
淡々と語る『シェリー』の説明を聞きながら、やっとオレは『何が起きたのか』を脳の片隅から引っ張り出すことに成功していた。
まったく、馬鹿な事をしたもンだな……。
あれは、『オレの主観で』半年前の事だった。
身体の不調を『激務続きのせいだろう』と安易に考えていたのだが、家の洗面台で吐血したのをシェリーに見つかって、強制的に病院へ連れていかれた。普段は物静かなシェリーの、あんな怖い顔は初めて見たよ。
「癌です。それも相当進行しています。余命、半年ほどかと」
様々な検査を受けた末に出された結論は、『どうせ大した事はない』と楽観視していたオレを絶望のどん底に叩き落とした。
何より、大切なシェリーを泣かせてしまった事が悔やまれてならない。
残る『半年』という時間をどう使うのか、悩んだ末にオレが出した答えは。
丁度、政府の宇宙機関が募集していた前代未聞のプロジェクト『スター・シード』に応募する事だった。
「そんな……あなた、正気なの?!」
シェリーはワナワナと震えながら、オレに縋った。
「ああ、オレは正気だ。『スター・シード』は問答無用の片道切符……。どの道、生きては帰れないんだ。だったら『同じ』だろ? お前だって知っているだろう、オレが宇宙飛行士になるのを目指してトライアルを続けているのを」
オレは『いずれ宇宙に行きたい』という子供の頃からの夢を捨てられずにいた。だから国際線のパイロットとして仕事をする傍ら、政府の宇宙飛行士候補生のテストを受け続けていたのだ。……落選続きではあったけれども。
『天文学的な確率なのだ、どうせ合格なんてするはずがない』、シェリーはそう考えてオレの応募を渋々認めてくれた。
そして、宇宙飛行士を目指していた経歴と『最悪の健康状態』が評価され、オレは『スター・シード』に選ばれたのだ。シェリーの期待を、裏切って。
「……こうしてお前との『最後の瞬間』をまともな精神状態で迎えられて、オレはラッキーだよ。確かに状態はよくない……もう、まともに歩くのも辛いからね。1週間ほど早めに寿命を使うけど、オレは幸せだ。だから、笑って見送ってくれ。……葬式は、要らない」
冷凍睡眠の準備を行うカプセルに収まって、オレは枯れ枝のように細くなった右手でシェリーの手を握った。泣きじゃくって、「さようなら」とも「気をつけて」とも言えずに、ただ彼女はオレに縋っていたっけ。
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