スターシード

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「花は何故咲くのか知っているかい?」  病院のベッドで点滴のチューブに繋がれながら、オレはシェリーに尋ねたっけ。 「彼らは人間みたいに自己満足や承認欲求のために咲くんじゃぁない。そうじゃなくって花粉を運ぶ虫を呼び寄せるために、綺麗な花をつけるんだ……」  シェリーは何も言わず、黙って聴いていたよ。オレの方を向こうともせずにさ。 「そして、花粉は自分の意志とは無関係に新天地へと旅立つんだよ。ある者は水中に没してそのまま消えるかも知れない。運搬役の虫が別の昆虫に襲われて一緒に喰われる事もあるだろう。だが、それでも賭けに出るんだ。それが『命を繋ぐ』という事だと……オレは思う。花は咲いたら、『花粉』を飛ばさないといけないんだ。新世界を目指してね」  『生命』は何処から来たのか。  その真の答えを知っているヤツはいない。だが、ひとつハッキリしている事がある。それはこの惑星で45億年以上も積み重ねてきた歴史において、『無生物から生命が生まれる』という奇跡が起こったのはしかないという事実。  進化の系統樹は過去を遡れば遡るほど、その幹が収斂されて1本の道へと繋がっていくのだ。  だとしたら、この広い宇宙と言えど他の星に生命が誕生する確率は途轍もなく低いのかも知れない。  ならば、この奇跡によって得られた『生命』を未知の大地……他の星へと繋いでいくのも、長い目で見れば我々人類に託された使命ではないのだろうか。  それが、星の種(スター・シード)計画の趣旨だった。 「……まったく、馬鹿だよオレは。生まれつき『賭けに弱い』ってのは、重々承知していただろうに」  乾いた嗤いがカサついた唇から漏れる。  全く生命がいない環境に孤立無援の状態で高等生物を送り込めば、いくらも持たずに死ぬだろう。当然のことだ。人だろうと猿だろうとそれは同じ。だから『持っていく』なら、原始の星でも生き延びられるバクテリア類に限られる。  が……しかし。を何処にどうやって撒くのか……の判断は容易ではない。場合によっては1センチの差が増殖の成否に大きく関わる事もあるだろう。それをコンピューターに判断させるのは難しい。『誰か人間が』その場で考えないとベストな答えは得られまい。  しかしそれは間違いなく生きて帰ってはこれない、随分とお金と手間の掛かった究極の『自殺』とも言える。それも、最終ミッションにまで辿り着けない確率の方が遥かに高い。だからこそオレが選ばれたのだ。  実のところ、オレはこう考えていた。  『どうせ失敗する』と。  航海の途中で船が損傷……そのまま息を吹き返す事もなく凍ったまま死んで終わりだろうと。  別にそれでいい。むしろそれでいい。あんなに恋焦がれた大宇宙に抱かれて死ねるのなら、それで本望だって。こんなド派手なで送ってもらえるなんて、最高じゃないか。  冷凍睡眠に入る時、オレが考えた最後は『もうこれで痛みを堪えなくて済む』って事だったよ。  ち……それがまさか成功するとはな。もうすぐ死ぬと分かっているのに、何で意識が戻ったんだ? まったく、これは『ツイてる』のか? それとも『ツイてねぇ』のか? はは……どっちだろうね。
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