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「そろそろ行くか……意識が、いつ無くなっても不思議はなさそうだし」
痛む身体を無理やり持ち上げ、這い出てきた『寝室』へと戻る。記憶と説明に間違いがけなければ、そこに『外出』用の宇宙服があるはずなのだ。
ふぅ……ふぅ……。
ゆっくりと息を整える。フラつく身体をどうにか持たせて簡易式の宇宙服に袖を通す。
『最後の瞬間用』だから、酸素ボンベもそれほど大きくはない。
そうだ、せっかくだからバクテリアの瓶をあの波打ち際に投げ込んだらヘルメットを脱いでみよう。この星の大気を思っきり吸って、それで最期にしよう。
『10万年前』の記憶を辿り、外部ハッチを開ける手順を進める。
なぁシェリー、オレは病床でお前に強がったよな。『人類という進化の系樹の先端に咲いた花は、オレがその先へと進めるんだ』って。……悪ィ、前言撤回させてくれ。『失ったお前との最後の数日の大切さは、失った後にしか分からなかった』てよ。
ホント、笑っちまうよな。
「……おや? 何だ、これは」
ヘルメットを被ろうとした時、宇宙服の間から何か板のような物が落ちたのを見つけた。薄い、金色の板だ。……そこに、何か文字のような物が刻まれている。レーザー刻印のようだ。
『カーミラへ』
それは、シェリーがオレに託した手紙だった。普通の紙は10万年も持たないから、経年劣化しにくい金の板を使ったか。
『冷凍睡眠を始める時、何も励ましてあげられなくてごめんなさい。あまりに辛くて、何も言えなかった。あなたを失う悲しさと、あなたの夢を追う気持ちに挟まれて、私には泣く事しか出来なかった。
あなたは無事に辿り着けましたか? 夢は叶いましたか? 私は地球に残ります。そして、あなたの帰りを待っています。
例えこの身が砂と果てたとしても、私の心はいつまでもあなたを待っています。
シェリーより』
「馬鹿野郎が!」
思わず怒鳴ってしまう。
「ホームシックにさせんじゃねえ! オレは……オレは……オレはもう、二度とお前と逢えないんだよ……もう二度と……」
ザクリ……。
半ば朦朧とする意識の中で、船外へと出る。
長旅を終えて傷だらけになった船体が、何も言わずにオレを送り出してくれた。
「はぁ……はぁ……」
眼前に広がる海岸線が異様に遠い。一歩一歩の歩幅が狭いから、前に身体が進んでいないのだ。
「あと……少し……」
フラフラになりながら、オレはどうにか波打ち際へとやって来た。そして、持ってきたガラス瓶を開けて、中身を海へと流し込む。大した量じゃないから、もしかしたらそのまま全滅するかも知れないが。
ドサリ……。
砂浜に背中を投げ出す。もう、この身体は動きそうになかった。真っ青な空は、地球と同じ。その先に、太陽の光が照りつけている。
うん、気温も悪くねぇ……これならバクテリアも増えてくれるかもな。
「これが……これがオレの恋焦がれた『新世界』ってヤツか」
宇宙を目指す者で、人の住める可能性のある環境の星に『最初に到達する』という夢を抱かない者はいるまい。だがしかし、オレは止めどなく流れる涙を堪える事が出来なかった。
「……惑星12365-bか。随分と味気ない名前だなぁ。そうだ、いっそオレが名前をつけてやろう。『惑星・カーミラ』だ。はは……いい名前じゃないか」
オレはヘルメットを脱いで、震える腕を天に伸ばした。
「なぁ、シェリー……いつの日か……きっと帰るよ……お前の元に……」
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