第二話 奪われた唇

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第二話 奪われた唇

 新型ウィルスの影響で、披露宴は行えなかった。両家の親は残念そうだが、真唯はさして気に成らない。むしろ三八才で今更結婚しましたと披露するのは気が引ける。過去を知る職場の人たちにはなおさらだった。 「あっさり終わっちゃったね」  利信のこの発言には深い意味がある。両家が望んだ結婚式ではあったが、特に強く要望したのは利信の実家の蘆田(あしだ)の両親だった。  利信は大学病院の内科医で、同じ大学出身者の父親は開業医をしている。世間的にも地位のある職業なので、披露宴を開けなくとも結婚した報告と新郎新婦の写真を、関係する人たちに送らなければならないらしい。  真唯は気が進まないながらも、母の思いとこれからのつきあいも考えて了承した。利信の両親は明治神宮で和装を望んだが、さすがにそれは勘弁してもらいたくて、ウェディングドレスを着たいからと、小さな教会を選んでもらった。  説得する間中、利信は両家の両親しか参列しないし、すぐに終わると強調していた。その言葉の裏には、少しは花嫁らしい感動を見せて欲しいという気持ちがあることを、真唯は知っていた。 「でも、やっぱりいいものね。ウェディングドレスを着たときは感動しちゃった」 「そうか、やっぱり」  利信は私の愛想言葉に単純に喜んでくれた。こういう人なら夫婦として暮らすのも安心できる。  真唯の両親は、仕事があるからといそいそと京都に帰って行った。新居に寄らないのは、表向きの理由とは別に、利信の両親に対する遠慮だろう。利信の両親も戦利品の写真の送付を利信に頼んで、あっさりと帰って行った。  真唯も新居に向かうために、利信とタクシーに乗る。乗車してすぐに利信に病院から電話があった。  窓の外を眺めていると、また十六年前のあの日の映像が頭の中に流れて来る。
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