第一話 過去が蘇るとき

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 真唯が大学を卒業した二〇〇四年は、多くの企業でバブル崩壊の傷が癒えぬ中、正社員として雇用されることが非常に困難な時代だった。  そんな時代であっても、前年に開業した六本木ヒルズを舞台にした、ITベンチャー企業の経営者たちが織り成すセレブな姿は、世の中の羨望を集めた。  真唯もそんなセレブ文化に憧れ、将来のことなど考えもせずに、契約社員として入社した会社が、インターネット広告代理店アド・マーキュリーだった。  大手町の貸会議室で行われた二週間の研修も終了し、いよいよ憧れのオフィスで働く日がやって来た。  六本木駅からコンコースで直結、ノースタワー、ハリウッドプラザを抜けると、目指す森タワーはすぐそこにあった。アド・マーキュリーがある三四階は偶数階なので、エスカレーターに乗ってアッパーロビーに行き、そこで三四階に停まるエレベーターを待つ。噂の二階建てエレベーターだ。  三四階について、受付の電話機から教えられた番号にかけると、女性社員が迎えに来てくれた。 「おはようございます。今日からお世話になります秋山真唯です」  最初の印象が大事だと思い、丁寧に頭を下げる。 「おはよう。私はあなたと同じアシスタントの間宮紀子(まみやのりこ)。入社して三年目になるわ。同じ渡瀬チームになるからよろしくね」 「よろしくお願いします。あの、渡瀬チームって何ですか?」 「これからその説明があるわ。ついて来て」  紀子は真唯を打ち合わせブースに案内した。  そこには、ぎょろッとした目が印象的な男が待っていた。 「アド・マーキュリーにようこそ。私はこれから一年間君の上司に成るチーフの渡瀬だ。よろしく」 「秋山真唯です。よろしくお願いします」 「研修でも聞いたと思うが、当社はチーム契約制で仕事をする。君はまだ入社したてなので、竹本プロデューサーのリソースとして配属された。竹本グループには五つのチームがあって、私のチームもその一つだ。今年、一年はうちで実績を上げて、来年はいい契約と仕事を勝ち取ってくれ。君が有能だと認められれば、いろいろなチームから誘いが来るだろう」  アド・マーキュリーは創業者であり社長の牧野(たくみ)のユニークな経営方針から、年商千十二億円、従業員千百六人の大企業とは思えない、珍しいスタイルで事業を運営する。その象徴と言うべき制度が社内契約制度だ。
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