第6話 思い出の女

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第6話 思い出の女

(秋山だったな)  裕二は自分たちを追い越しかけて、足を止めて自分の斜め後ろを歩いていた女が、かっては自分の部下として働き、その人生を大きく変えた女だと気づいた。  アド・マーキュリーから今の会社に転職して七年が経つ。日々の暮らしの中で思い出すことは滅多にない女であったが、それでもその顔の記憶はしっかり残っていた。 「どうしたんですか? 何かぼんやりしてませんか」  現在の恋人である瞳が心配そうに覗き込んで来る。 「ちょっと、疲れたかな。ほら電博堂さんって意味不明なデザイン多いから、判断するのにも疲れるよね」  まさか昔の女を見たとも言えず、とりあえず思いついた嘘を並べた。  瞳が疑わしそうにじっと裕二の表情を観察する。  四四才で二度目の転職をした。その二年前に十年間連れ添った妻と離婚した。二人の子供と袂を分かつのは、さすがに堪えたので以後独身を通している。  今年五十に成るが、なぜか年を取るほど女性からはモテた。その一方で女性に費やすエネルギーはどんどん少なくなり、嘘をつくことも下手になった。
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