第一話 過去が蘇るとき

3/8
前へ
/105ページ
次へ
 アド・マーキュリーは東京に四人、名古屋に一人、大阪に二人いる七人の事業プロデューサーが、それぞれ会社の社長のように、売り上げ、利益に責任を持つ。  竹本和明(かずあき)も七人の事業プロデューサーの一人で、アド・マーキュリーの役員も兼ねている。  竹本の下には五人のチーフが五つのチームを率いており、それぞれのチームには、十五人から二十人のスタッフが所属している。これらのチーム構成やスタッフ構成および各々のスタッフの処遇は、全て事業プロデューザーである竹本に一任されており、竹本は取締役会で承認された予算を財源として、事業を遂行する。  アド・マーキュリーが人事的に注目されることは、年齢、性別、勤続年数、そして短期的な成果に関係なく、チーフがそれぞれのスタッフと調整した結果を基に、竹本の腹一つで処遇が決まることだ。  これは公平、公正、透明を原則とする現代企業の人事制度の原則とかけ離れ、竹本がその気になれば、何の実績もない真唯をいきなり年収一千万円で処遇するような、壮絶なエコ贔屓も可能となる。  もちろん、そんなことをすれば、優秀な人材はやる気を無くすし、来年度は違うプロデューサーのグループと契約するか、最悪辞めるかもしれないから無茶なことはできないが、それでも人間的に相性が悪くて、優秀なのに退社していく者もいないではない。  ここまでは、真唯も研修中に教わって知っていた。  渡瀬に対して真唯が本当に訊きたいことは別にあった。 「あのチームの人たちについて教えてもらえますか?」  真唯にとって渡瀬のチームで与えられる仕事や処遇よりも、どんな人とこれから一緒に働くかの方が気になった。チームの男女比率や年齢構成など、気に成ることは多い。 「きっとそれを聞かれると思って、資料を用意してある」  渡瀬はチームメンバー二十名の、職種、性別、年齢などが記載された名簿を渡してくれた。 「研修で教わったと思うけど、これは個人情報だから取り扱いには注意してね」  よく見ると名簿の中に手書きで、独身、既婚などの情報が記載されている。  確かにセンシティブな個人情報だ。  だが、私にとっては大きな関心事なので、渡瀬の心遣いが嬉しかった。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加