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「 1章・4 」花嫁修業
約束の日に、下町のスザンヌ一家が住むアパートの前に高級な馬車が止まった。婚約した家からの迎えである。
婚約者として、花嫁修業に入るという事を求められて断れなかった。涙をこらえたスザンヌは、その馬車に乗る。母親は、何時までも馬車を見送っていた。
(お母さん、心配しないで。スザンヌは、まけないから。りっぱなメイドになるし!違った、花嫁になるし!)
馬車の中から、スザンヌは手を振る。母親が借金して買い求めてくれた指輪やネックレスの袋を握り締めて。出来る限りの嫁入り道具だった。
着いた屋敷の扉の前には、ピンと背中を伸ばしたお仕着せのお爺さん。馬車から降りたスザンヌに頭を下げる。
「ようこそ、カーター男爵令嬢スザンヌ様。」
あー、背中がゾクゾクする。男爵令嬢なんて忘れてたくらいだから、呼ばれると気持ち悪い。それを我慢して、スザンヌは笑顔でご挨拶。
「あのー、スザンヌです。男爵令嬢の。お世話かけちゃいます。」
とにかく、下ろう。へつらうぞー、媚び売るぞー。生きてくコツだもの。
お爺さんの頬がピクピクした。スザンヌは、びくびくする。何か間違った?いけない事した?分からない、貴族さんの世界は知らないから。
「私は、このエバンス公爵家の執事を務めておりますハリスでございます。何かありましたら、私にお話下さい。」
ハリスさんね、ハリスハリスと呟く少女。そうしないと、名前を忘れそうだから。
執事って、確か偉いのよね。その家の責任者みたいな物だったかなあ。
小さな扉から屋敷の中へ入る。大きな台所からは、いい匂いがしていた。
その前の廊下を通って執事の後を歩く。長い長い廊下は、古い装飾をした歴史を感じさせる。
「スザンヌ様、どうかされましたか?」
後ろから付いて来てないのに気がついた執事は、振り向いて問いかける。貧しい身なりの少女は、廊下に置かれている絵画を見上げていた。
「この絵、学校の授業で見た気がついたするの。まさか、本物じゃないでしょ。」
「本物でございます。」
「ええええええーー?」
「絵が描かれた時に同じ物が作成されてNo.が付けられました。これは、「No.1」では有りませんので高価では。」
高価は、人それぞれの単位がある。スザンヌの単位は銅貨で、執事の言っているのは金貨。全く違っていた。
(ふーん、銅貨5枚くらい(レート=5万円)くらいかあ。)
だが、本当は金貨8枚(レート=8百万円)だったのだ。世界観の相違だ。
執事は1つの部屋の前に足を止めて、扉を開く。
「こちらが、旦那様に命じられましてスザンヌ様の為にご用意したお部屋でございます。」
部屋の中へはいったスザンヌは、叫びそうになった。
(素敵、素敵ーー。これが、私の部屋なの!?)
女の子なら夢に見ただろう。広い部屋には猫脚家具に天外付きのベッドがあった。幼い頃に人形遊びに使った板切れに描かれた絵の家具じゃない本物だ。
「旦那様がディナーをご一緒にと申されています。それまで、ごゆっくりお休みください。」
執事が何か言ってるが聞いてない。スザンヌは、走り出す。天外付きのベッドへ飛び込む為にだ。
(夢みたいいーー!)
だが、その直前で阻まれた。両脇から捕まる。それは、お仕着せのメイドが2人。
「スザンヌお嬢様、私どもがお世話いたします。お着替えいたしましょう。まずは、湯浴みを。」
ズルズルと浴室へと引き摺られて行く少女。湯浴みて、何?執事に救いを求めても無視される。執事は、頭を下げた。
「では、ディナーのお時間にお迎えに参ります。」
部屋を出て扉を閉じて歩き出す執事は、少女の悲鳴を聞いた。気にも止めずに歩み去るのだ。
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