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「 1章・6 」旧い家だからか
習慣は、取れない。食堂の仕事に行かなきゃと起きる。狭いベッドのはずなのに、転がり出られない。
「あれ?あれ?」
やっと、ベッドの端に辿り着いて戸惑うスザンヌ。フカフカの布団、柔らかい毛布。肌に触れるシルクの感触。
「うーん、おかしい。違う?」
悩んで思い出すという繰り返し。そうだ、売られたんだった。貴族の婚約者として住み込んでるんだ。
執事は、教えてくれた。婚約者となった男の身分を。
『この屋敷は、エバンス公爵の令息ジュリアン様の物でございます。』
公爵なら、何で男爵の娘なんかと婚約するのか。分からない。お金、無いし。凄い美少女でも無いし。由緒ある名家でも無いし。
(もしかして、若返りに生き血を吸うとか?)
そんな事を考えながら、朝食を平らげる。下町育ちのド神経はタフだ。少々の事では、メゲナイ。
「また、お勉強なのね。嫌だなー。」
始まった貴族教育。毎日、マナーや作法から国の歴史などを専属教師から叩き込まれる日々。好きではないけど、行儀見習いなので断れない。
「スザンヌ様、ご不自由はありませんか?」
「ごきげんよう、執事のハリスさん。快適ですわー。」
「それは、ようございました。」
よくないわよ、不自由してるわよ。家に帰りたいわよ。言えるもんなら、言いたい。だけど、私は売られた少女よ。奴隷じゃん!
また、新しいドレスが届けられた。執事の話では、オーダーメイドは時間がかかるので既製品をサイズ直ししているとか。
「お嬢様の靴も、履きやすい物を用意させました。お気に召さなければ取り替えいたします。」
本皮を使った手縫いの靴を簡単に替えられる。それが、貴族の世界なんだ。そうだ、思い出した。
「ねえ、執事のハリスさん。」
「お嬢様、ハリスで結構です。」
「執事のハリスさん。じゃないハリスさん。枕なんだけどでござーますが(作法の教師に指導された話し方)。」
「はい、枕ですか?」
「毎日、取り替えるのが貴族の習慣なのでござーますか?」
「はい、そのように。」
そうなの?貴族は、毎日、枕を取り替えるのね。やっぱり、下町とは違うわ。そうだ、思い出した。
「それでね、ハリスちゃん。あ、違った。ごめんなさい!」
「良いのです。お好きなように呼んで下さい。」
「じゃ、ハーさん(もう、面倒くさ!)。」
「ハーさん、ですか。」
「このお屋敷って、大丈夫なんでござーますのですの?(舌が回らない)。」
「はい、何かありましたか?」
「だって、ギッギッて言ってるでござーますのよ。ほら、今も。」
ハリスは、天井を見上げた。本当に音がしている。軋む音が。
ギッギッ、ギッギッーー。
そして、パラパラと埃が落ちてきた。揺れているようだ、建物が。ハリスは、フッと笑う。嬉しそうに。
「気がつきませんでした。ご指摘を、ありがとうございます。点検をしてみましょう。」
屋敷が旧いのでとか、少し言い訳をして小走りに歩み去る。何を急いでるのかしら。
「どうすんのよ。私は、壊れかけてる屋敷の主人と婚約してるの?」
ギッギッと、また、天井が鳴る。イラッとしたので、言ってみたら。
「うるさいわねえ、お仕置きするわよ!」
すると、ピタリと音が止まったのだ。偶然なのか、効き目があるのか。覚えとこう。
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