分がんねごどあったら、誰かさ聞いて

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「すみませんでした」  頭を下げると、紺色のエプロンが視界に入る。 「分がってけっちゃならいいよ。もう少しで上がりだけど、新刊と特集コーナーだけでも終わそう」  梅津さんの声はいつも以上に明るくて、気を遣われているのだと分かった。  俺はもう一度「すみません」と謝ってから棚に向き合った。棚の右端にある本に手を添え、左側に押す。本が貸し出されるとその分隙間ができる。そこに倒れ込んでいた本たちが、縦にそろっていく。気持ちも整っていく気がした。  「こうやって抜けた本のスペースを詰めていくといいよ」と初日に教えてくれたのも梅津さんだった。梅津さんはいつも俺の様子を気に掛けてくれて、さりげなくフォローしてくれていたんだ。 『けんちゃんの実力だごで』  おばあちゃんの言葉が脳内でリフレインする。  常連の坂本さんも、高校生の女子も、まともに接客できなかった。自分の力では満足させてあげられなかった。その上、先輩に聞こうなんて思いつきもしなかった。こちらから聞かずとも、教えてもらえるのが当たり前だと思っていた。梅津さんに指摘されなければ、反省すらしなかった。  利用者にとっては、俺が非正規雇用だろうと、入職1年目だろうと関係ない。みんなひとまとめで「図書館の人」なのだ。手を抜いていいはずがない。  これが、俺の今の「実力」だ。ぐっと奥歯を嚙み締める。 「時間だから終わりましょう」  どこからか館長の声が聞こえ、みんな「お疲れ様でした」と事務室に戻っていく。俺が一番事務室に近かったが、真っ先に帰る資格がないような気がして、その場にしゃがみ込んだ。本を触り、書架整理を続けているふりをする。 「帰っぺ」  梅津さんの優しい声が頭上から降ってくる。俺は顔を上げられなかった。 「はい。ありがとうございます」  みんなの足音が聞こえなくなるまで、俺は立ち上がることができなかった。
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