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戸惑いは雨色
僕を抱きしめたまま「はぁあああああ」という盛大なため息の後、続く卜部君の言葉。
「―――やっぱ無理。あの時いきなり俺が好きだなんて言って櫻井逃げちゃったから、怖がらせたと思って反省したんだ。ゆっくり俺の事知ってもらってからもう一度告ろうって。だけど無理だ――。櫻井が水ぶっかけられそうになって頭が真っ白になった。さっきはたまたま近くにいたけど、自分が知らないところで櫻井に何かあったらと思うと気が狂いそうになる。櫻井の一番近くで櫻井の事守りたいんだ……。その権利を俺にくれないか?――俺、櫻井の事が好きだよ」
震える卜部君の声。見つめ合う瞳。キラキラの大好きな瞳。
段々近づいてくる卜部君の綺麗な顔に思わず何かを期待して目を閉じる。
重ねられた唇は熱くて、期待した熱が僕の芯を溶かし始める。
いつしか深くなっていくキス。満足に息をする事も許されず荒く上がっていく呼吸。
痺れていく脳。もう何も考えられない。
「コンコン」
突然ドアを小さくノックする音がして、
「まだ着替えてるのー?」
ドアの外から聞こえて来たのは宮野さんの声だった。
僕は我に返りドンっと卜部君を突き飛ばした。
ロッカーにぶつかりそのままその場にずるずると座り込む卜部君。
見開かれた瞳。傷ついた顔で僕を見ていた。
「ぼ…僕、帰る……」
「――ま、待って!傘は持ってきた?」
「――――ううん…」
「じゃあこれ持って行って」
差し出される折り畳み傘。こんな時でさえ優しい…。
「え、でも…」
「お願いだから――」
ドアの外には宮野さんもいる。きっと宮野さんが傘を持っていて一緒に帰るからいらないんだ。
そっか。
卜部君から傘を受け取りドアを開けると、宮野さんが僕を見て少し驚いた顔をしたのが分かった。だけど僕はとにかく二人から逃げたくて、挨拶する事もなくその場から走って逃げた。
宮野さんと付き合ってるのに何で?
どうして僕の事好きだって言うの?権利って何?
どうして僕にキスなんかしたの?
その時ふと啓馬君が言っていた言葉を思い出した。
「あんなのに引っかかったら玄なんて遊ばれてポイ捨てされちまう」
違うって思いたいのに今の僕には思えなくて、雨が降りしきる中僕の瞳からも大粒の涙が零れ落ちた。
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