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冷たい雨の辛い夜が明けて、天気は嘘みたいに晴天だったけど僕の心は雨のままで、風邪をひいて高熱を出してしまっていた。
昨日せっかく傘を卜部君に借りたのに、ぼんやりしていて家に帰り着いた時にはずぶ濡れだった。
すぐにお風呂に入って温まったはずが、ロクに髪も乾かさずに寝てしまったのが悪かったのかもしれない。
こんなに高熱を出して寝込むのなんていつぶりだろう。
これは罰なのかな。
身の程を知らずに欲張ってしまった罰。
卜部君は宮野さんの恋人なのに好きって言われて嬉しいって思ってしまった罰。
キスされて身も心も蕩けてしまった罰。
熱に浮かされる中、できるだけ早くバイトを辞めようと考えていた。
もうこれ以上あの二人を傍で見続ける事なんてできやしない。
僕は卜部君の事が――――――。
その日見た夢に出てきた卜部君は、何かを必死に僕に訴えかけていた。だけど卜部君の声が聞こえなくて、何を言っているのか分からない。
僕に伝わらないと分かると、次第に悲しげな顔になって僕に背を向けた。
「行かないで」そう言いたいのに言えなかった。
僕は夢の中でさえキミに手を伸ばす事なんてできなかったんだ。
僕は本当にポンコツで意気地なしだ。
*****
二日後には熱も下がってすっかり風邪もよくなっていた。
バイトは辞めると決めてはいてもすぐに辞める事なんてできないし、まずはチーフに辞めたいと言わなくちゃいけない。
その為にも今日は絶対バイトに行かなくちゃ。
折角慣れてきたところだったのに急に辞めるなんて、みんなに迷惑かけちゃうな…。
せめて最後まできちんとやらなくちゃ。
重い足取りでどうにかバイトに行くと、なんだかひどく久しぶりで懐かしい気がした。
ここで卜部君と沢山話して沢山笑い合った。
―――だけどそれももうすぐ終わる。
帰りにチーフに辞める事を言おう。それまではこれまで以上に頑張って働くんだ。
バイト仲間としてでいいのであと少しだけ思い出を下さい……。
そしたらもう二人の邪魔はしないから。
制服に着替えぺちりと頬を叩き気合を入れた。
ホールに行くと宮野さんがいて先輩スタッフから何やら怒られているようだった。辺りを見回してみるが卜部君の姿はない。
ああ今日は珍しく卜部君は休みなのか……。
たとえ直接話す事ができなかったとしても、卜部君のどんな姿でも記憶に残しておきたかったのにな―――。
「だから!さっきも言ったでしょう?!」
先輩の金切声に二人の存在を思い出す。
泣きそうな顔の宮野さん。身体が小刻みに震えている。
あの先輩は女の子に当たりがキツい。前もそれが原因で女の子が辞めていったらしい。
「あの…どうしたんですか…?」
「訊いてよ、この子卜部君にべったりで一人だと何にもできないのよ。バイトを男あさりする場所だとでも思ってるのかしら?」
ギっと音がするくらい睨みつける先輩。
宮野さんは悔しそうに唇を噛みしめて俯いている。
僕はさりげなく宮野さんの前に立ち、先輩の視線を遮った。
「そんな事ないと思いますよ。宮野さん頑張ってますよ。誰もやりたがらないゴミ捨ても積極的にやってますし、お客様の事よく見ててお水をお出しするタイミングとかすごいです。僕なんかとても真似できません。これって先輩がご指導されたんでしょう?流石は先輩です!」
僕はいっぱいいーっぱい卜部君に助けてもらった。
だから卜部君の大事な人を僕も助けるんだ。
「あ、先輩、そう言えばこないだの先輩のお話すごくためになりました。僕も先輩みたいになりたいな。あれって続きあったりするんですか?」
「あ、あれ?そうよー。ふふふ聞きたい?」
さっきまでと違い笑顔になる先輩。
後ろ手に宮野さんにこの場から離れるように合図する。
宮野さんがいなくなる気配を感じまずは一安心。
先輩の話は長かった。バイト中だというのにこの人こそ何しにバイトに来てるんだろう?頭が痛くなるが適当に相槌をうってやり過ごした。
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