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さくらとピンク色のキミと
僕は『春』が季節の中で一番好きだ。
僕自身が春生まれという事もあるけれど、暖かく穏やかで行き交う人の表情もどこか楽し気で、見ているだけで心がうきうきするんだ。
それに、春は『始まり』の季節でもある。
僕と………キミとの恋が始まったのも一年前の春。今日みたいに気持ちのいい日だった。
*****
「おーい。はる、はーるちゃん、櫻井玄てばっ!」
「え?」
身体を揺さぶられ、名前を呼ばれていた事に気づく。
「ごめん。ぼーっとしてた…」
顔の前で両手を合わせて謝ってみせると幼馴染であり友人でもある柏木啓馬君は、僕がさっきまでみつめていた先を窺い盛大に眉間に皺を寄せた。
「――――アレはダメっしょ……」
「え、やだな…っ。そんなんじゃ、ない、よ?」
アレが差すのは―――――。
校庭の桜の木の下のベンチで眠るキミの姿。
僕の席は窓際だから教室の窓からよく見えるんだ。
高校の入学式の日、僕は新しい環境に緊張しすぎてあまり眠れなくて寝坊しちゃった。やっと学校に着いた時には式はもう始まっていて、大事な日だというのに大遅刻だ。
高校の門をくぐってみても遅刻してきた僕の他には誰もいなくて、ふと目をやった校庭には沢山の桜の木があった。
さくら色が溢れていて、まるでおとぎの国に迷い込んだみたいで心がほんわりとする。
どうせ遅刻してるしじっくり見て行こうと校庭に足を踏み入れると、一番大きくて綺麗な桜の木の下、ベンチで眠るキミをみつけた。
奇抜だと思えるピンク色の髪が不思議とちっとも違和感がなくて、桜といい感じに溶け合っていた。まるで一枚の絵画のようでうっとりとしてしまう。
「くしゅん」
キミのくしゃみに現実に引き戻されて、はっとする。
このままでは風邪を引いてしまうかもしれないから眠り続けるキミを起こした方がいいのだろうけれど、僕なんかが声をかけてこの芸術を壊してしまうのは躊躇われた。
それならと、春とはいえさすがにこのままでは本当に風邪をひいてしまうので羽織っていたカーディガンをそっとキミにかけた。
すると長い睫毛がふるふると数回震え、キラキラの瞳と目が合ったんだ。
「―――っ!」
僕はどうしていいのか分からなくなってその場から逃げようとした。
だけどキミに腕を掴まれて―――、信じられない言葉を聞いたんだ。
「――――好き」
突風に煽られて桜の花びらが舞い上がった。
キミが、キミの言葉がキミの潤んだ瞳が―――全てが綺麗で僕とは違う世界の人のように思えた。堪らず掴まれた手を振り解いて逃げ出していた。
その言葉は僕に言われるべき言葉じゃない。
寝起きだったし、きっと誰かと間違えたんだ。
そう思うのに頬は赤く染まり掴まれた腕は熱く、心臓はドキドキと煩い。
それが僕とキミとの初めての出会いだった。
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