バラの王様

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 昔々あるところにとても悲しんでいる王様がいました。王様にはお互い愛し合っていたきれいなお妃様がいたんですが、重い胸の病にかかってしまい、つい先ごろ亡くなってしまったのです。  王様は来る日も来る日もお部屋で泣いてばかりで、ろくに食事も摂らないようになりました。千もお部屋のある宮殿は舞踏会も音楽会も開かれなくなって、ひっそりとした、とてもさびしいものになってしまいました。  心配したお付きの者たちが何とか外の空気に触れていただこうと嫌がる王様を連れ出しました。とてもお天気のいい5月の朝でした。噴水や彫像が並んだ広いお庭の一角に小さな花壇があって、たくさんの花が咲き、朝露がきらきら輝いていました。ここは南の国から嫁いだお妃様が自分で花のお世話をしていたところでした。  まるで農家の娘のようにドレスをたくし上げて、透き通るように白く、細い指を土まみれにしていた様子が目に浮かびます。いちばん生き活きとして見えるお妃様をいつまでも眺めていたのでした。…… 「ここの花はすぐにちょん切ってしまえ」 「でも、お妃様が……」 「妃が死んだというのになぜ花の分際で咲いておるのだ」  その日から宮殿には花もなくなってしまいました。咲きかけていたつぼみも含めて、すべての花がちょん切られてしまったのです。そんなある日、王様が仕事をする部屋に入って行くと見慣れない小間使いが花瓶を持っていました。  え? 王様が仕事なんかするのかですって? わがまま言ったり、遊んでばかりしてるのは童話の王様だけです。本当の王様って忙しいんですよ。書類にサインしたり、いろいろ大臣や軍隊に指図したり……よく知りませんけどね。  ともかくそこにはまだ女の子と言っていいような小間使いが赤いバラを3本挿した花瓶をもって立っていたんです。ピンポンができそうなくらい大きな王様の仕事机に置こうとしてたみたいですね。 「わしの目の届くところに花を持ってくるんじゃない」 「でも、王様は『花をちょん切れ』っておっしゃったって聞きましたから。これ、もう切ってありますし」  王様は小娘が口答えをしたのにびっくりしました。大臣や他の国の大使だって王様が言うことに逆らったりしません。それだけ威厳があったんです。だのに……。  小鳥のちゅんちゅん鳴く声が窓越しに聞こえてきます。王様は笑い出してしまい、そのまま下がってよいといいました。はらはらして見ていたお付きの者はお妃様が亡くなられてから、王様が初めて笑顔を見せられたと大臣にうやうやしく報告しました。  それから王様が仕事の部屋にいくたびにその小間使いが花瓶の水を取り替えたり、いろんな花を持ってきたりしました。百合、パンジー、ひまわり……花瓶も首の長い鳥のようなのとか、どこか女性の身体のようなのとか、花に合わせていろいろなものが選ばれていました。そんな日が夏頃まで続いたある日のことです。 「その花は何というのだ?」  最初の日以来、初めて王様が声をかけました。 「すみません。存じません。……バラの品種はとてもたくさんあって」 「ともかくそれはバラなのか。ふうん」  小間使いはびっくりしてしまいました。王様はバラという名前も、いえそれだけじゃなく、花の名前を一つも知らなかったのです。お妃様がお世話する姿を見ていても花には関心がなかったんですね。お付きの者は、その様子を大臣にうやうやしく報告しました。  その日から小間使いが花を持っていくたびに王様は花の名前を訊き、鵞鳥のペンで革の表紙の大きな備忘録に書き留めるようになりました。王様はとても勤勉な方だったんですね。  秋の長い陽射しが大きな机まで射し込んでくる頃、小間使いが黄色のバラを持って入ると王様が訊きました。 「何という名前だ?」 「これはバラですが」 「そうではない。おまえの名前だ」 「……フィオと申します」  王様の鵞鳥のペンが動くのを目を丸くして見ていたお付きの者は、大臣にうやうやしく報告しました。  それ以来、王様はフィオと花の話をするのが日課のようになりました。花が花を咲かせるまでとても長い時間とお世話が必要なことやそれぞれの花が咲いている期間とかの話もありました。 「この白いバラはもう少し見ていたかったが」 「ちょん切らなければもっと見ていることができますよ」  花についてたくさんのことを勉強した王様にはフィオの答えはわかっていました。 「王様。土についたままお持ちしてはいけませんか? そうすれば散ったとしてもまた次の季節には花を咲かせます」 「花はそうだろう。しかし、妃は……」 「お妃様もずっと王様の中で咲いていらっしゃいます」  王様は黙ってフィオの透き通った青い目を見ていました。お付きの者は、日々の報告を待ち望んでいた大臣にうやうやしく報告しました。……次の日から花瓶は植木鉢に変わりました。  冬がもうすぐそこまでやって来ました。木々の葉はすっかり落ちて、広いお庭に住む小鳥やリスは木の実を集めたりして、冬ごもりの仕度を急いでいました。フィオが小さな赤いバラのついた植木鉢を持って部屋に入って来ました。 「王様。お世話になりました。今日でお暇をいただきたいのです」  王様は威厳を取り繕うのも忘れて言いました。 「なんだって? ずっとここにいるわけにはいかないのか?」 「申し訳ありません。あたしは冬になると生まれたところに帰らなくてはいけないんです」 「春になればまた花が咲く。おまえも来てくれるだろうな?」  フィオはうやうやしくお辞儀をし、宮殿から去って行きました。お付きの者はもらい泣きしながら、大臣にうやうやしく報告しました。  春になりました。でも、フィオは現れませんでした。王様は大臣に命じて、国の隅から隅までフィオを探すよう命じました。早馬が街も田舎もあちこち行きかい、とうとう軍隊まで出動しましたが、見つかりません。  王様はしょんぼりして、フィオの残した植木鉢を見つめています。心配したお付きの者たちが何とか外の空気に触れていただこうと嫌がる王様を連れ出しました。  とてもお天気のいい3月の朝でした。広いお庭の一角のあの小さな花壇にはバラのつぼみがふくらみかけています。フィオが手入れしていたのでしょう。まだ少し冷たい風が赤いつぼみを揺らしました。 「フィオ……」  その時、これまでのことがふいに想い出され、彼女がバラの精だったことが王様にははっきりとわかりました。……  それから、広いお庭もお部屋が千もある宮殿もバラの花で満ちあふれました。それで王様はバラの王様と呼ばれるようになったのです。 2023.7.5 追記:花の写真、動画を背景にこの童話を読み上げた動画をYouTubeでアップしました。 https://youtu.be/ZH-6-OAZCdE 視聴していただけるとうれしいです。
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