第五曲 逃げた恋

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第五曲 逃げた恋

 ♭ーー♪ー♪♪ー♪ー♪♪ー♭ (聴いたことのある曲なんだが) いわゆる“アラサー”あたりの 女性がピアノで奏でる曲・・・ クラシックのような・・・ 歌謡曲、童謡・・・ 「・・・違うな」 つい口から漏れた。 すると、隣の老夫婦が 「あら?これ、『名月赤城山』?」 「そうかな?別の唄だったような?  どの唄であれ、懐メロを  随分アレンジしてるんだね。  そんな曲が似合うような感じの  女性でもないなあ」 夫婦のいう通り、弾いている女性は ずいぶん陽気な二十代後半か、 ただ、力強い指先に、名月が浮かぶ。 (『名月赤城山』は確か・・・  仁義の世界にいる男が  乳飲み子を愛しみながら  逃げた女房や世間の冷たさを  嘆く歌だったような・・・なら  彼女には似合うのかも・・・) 少し静かな平日午後4時、 こちらの喫茶店にも響くピアノ。 (『逃げた女房にゃ未練はないが』   なんだかタイムリーだな・・・) 僕は鞄にしまった離婚届けを チラリと見た。  
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