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彼女が弾くのは
『浜辺の歌』
大正期に出来た
ウインナワルツ調の唱歌。
老婆の髪がまだ黒々と
手指に皺など一線もない昔、
彼女は恋人と、とある村の教場で
夕暮れによく歌ってた。
教員になったばかりの彼と
隣村の娘の淡い恋。
世界中、何処にでもある恋だった。
歌の通りに浜辺が凪いだ世であれば
二人は共白髪であったはず・・・。
見知らぬ偉い人が起こした
見知らぬ国の取り合いに
戦さなんぞが始まらなければ
二人のメロディは
幸福だけを奏でたけれど
彼は南方の露と消え、
彼女の心は
取り遺された・・・。
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