第六曲 六甲おろし

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記憶がないほど 僕はボンヤリしていた。 どこをどうしてきたのだか… 旅行の初日にきた喫茶店にいた。 中央コンコースのピアノから 優しい()が届く……。 五分もなかった毬江との再会。  「死ぬまでに、あなたに   “昔”を謝りたかった」 毬江はそう言った。 僕に謝りたいほど 毬江は幸福だったのだ。 悔しいが…寂寥感は否めない。 でも…… 「あら?あなたもここに?」 示し合わせたわけでもないのに 妻が手を振りながらこちらへ。 「今日のピアノは六甲おろし  じゃないのね」 「ああ、ほら、教育テレビで  子供達が踊っていた曲だ」 「ホント、よく覚えてらしたわね」 ガラスに映る似たもの夫婦。 なんだかほっとして…      涙がこみ上げてきた。            ー 幕 ー
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