拒絶

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拒絶

   どうやらあの日、俺は脳出血で倒れてしまったらしい。    会社で倒れたことが不幸中の幸いで、倒れてすぐ同僚が救急車を呼んでくれたそうだ。 「鈴木さん、おはようございます。今日は天気がいいですよ。  少し体を動かしましょう。」  部屋に入るとき、この男性はいつもこう声を掛けてくる。  白い洋服を着た、俺よりもいくつか年下の男性は、藤川と名乗った。  藤川は、毎日俺の体を動かし、棒の中を歩かせる。  上手く動かない自分の右手足。  足には装具がはめられ、棒の中を藤川についてもらいながら歩いていると、言いようのない恐怖に襲われる。この前までは普通に歩けていたのに。  いつまでこんなことをしなければいけないのか。    暗闇にいた時と同じだった。  今度は見える暗闇だ。心が暗闇の世界へ行ってしまった。  この日の夕方、面会に訪れた妻の何気ない一言に暴言があふれた。  リハビリを頑張っているわね、とかそんな一言だったと思う。  右手足が上手く動かないなんて受け入れたくなかった。今まで当たり前だと思っていたものがいきなり目の前からなくなり、自分だと思っていたものが急に崩れていく。  認めたくなかった。  健康なお前には、突然病気になった俺の気持ちは分からないだろう。  俺の暴言には不安や恐怖、いら立ちが混じっていた。一通り聞いた妻は、何かを堪えるような顔をして一言呟いた。  その瞬間、胸に微かな衝撃が走った。  妻が俺の胸を拳で叩いたのだ。それから、そこに顔をうずめた。 「私も一緒に頑張るから。怖いけれど、一緒に病気と闘っていこう。  前のようにみんなでもう一度一緒に暮らしたいの。家に帰ろう。」    そう言った妻の瞳から大粒の涙がこぼれた。  俺は、自分の身体が動かなくて、この現状に絶望していたけれど、妻も同じように不安だったのだ。  俺が一生入院したままだったらどうしよう、一家の大黒柱が倒れ生活のこと娘のこと。いろいろな不安と妻も戦っていたのだった。    涙が一筋、頬を伝わった。
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