ナイフの歌

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昨日死のうと思ったけど、ただで死ぬのは気に食わなかったから、死にたくなった理由をメモに書き上げたら、あいつの名前が真っ先に出てきたから、僕は次の日学校に言って、勇気を振り絞って言ってやったんだ、「ありがとう」って。 そいつは酷く困惑した顔をしていた。そりゃあそうだ。あんなに僕に暴力を振るって教科書を燃やして金を取ってみんなの前で散々恥をかかされたやつにいきなりお礼なんて言われたら誰だって気味が悪いはずだ。でもそれが狙いだから、訳がわからないという顔をしているそいつのことを見て、僕はついつい笑顔になってしまった。 きっといつもの僕なら怖くて笑うことなんてできないだろう。「何笑ってるんだ」とか言われて頭を殴られて、その後お金を取られた挙句トイレに顔をトイレにでも突っ込まれるんだろう。もう何十回もやってきたことだ。 でも今日は違った。「もうこの世界から消えていなくなりたい」って思った時、ラジオから流れてきたんだ。僕の心を揺さぶるドラムとギターとベースと、後、がなり立てるような叫び声でそいつは僕に言うんだ! 「皆殺し、皆殺し、皆殺しだぜ!」 今の僕は無敵だ、昨日はあんなに死にたかったのに、今は僕の死とか責任とか「自分」って言うのものがなくなって、今は周りの世界を壊したくって壊したくってしょうがないんだ。 「あいつらとおんなじレベルになんてなるな!」 「復讐なんて何にもならない!」 「辛いならいつだって逃げたっていい!」 「弱さ」と「理想論」と「他人」をごちゃごちゃに混ぜてそれを「正義」と勘違いしたやつらが僕に言ってくる。テレビとかラジオとか道徳の教科書とかにそういうバカどもはいっぱいいて、僕のこの気持ちに鎖をつけようとする。 でももうそんなことはもうどうでもいいんだろう。なぜなら僕は気づいてしまったからだ。それはやられたことのないやつらが自分が正しい道を歩んでいることに酔いたいためにいう言葉であって、それは抽象的な話だから僕の具体的な世界とは関係なくて、安全なところにいてまるでそういう話をドラマか小説かなんかだと思ってる奴らのもろくて弱くて汚くてダサくてしょうもない言葉なんだ。 やられたら倍でも100倍でも100000000000000000倍でもやり返さないと僕の気持ちは治らないし、復讐が常に歴史を動かしてきたら生産的だし、逃げたってあいつらがのうのうと生きているのが僕は気に食わない上にどうして僕は一ミリも悪くないのにその場から離れなきゃいけないのかがわからない。だから僕はあの最低で最悪の理論をあえて肯定するんだ。 「虐められる奴にも問題がある」 それはやり返さないからとか弱いからとか虐めていい理由があるからとかじゃない。 問題は、問題にしないと問題にならないんだ。先生とかいうたいして社会を知らない連中がいじめを表沙汰にしなければいじめにならない、そういう理屈と一緒なんだ。でもあいつらは目を閉じて、僕は目を開ける。あんなに暗かった世界が嘘みたいに輝いているんだ。 だから僕は今日みんなを殺して、僕も死んでやるんだ。もし生き残ったらどうしようかとか少し考えてみたけれどよく考えてみれば家族はクソだし、恋人は愚か友達すらいないからクソだし、先生もクソだし、刑務所に入っても申し訳なさとか起こらない。むしろマスコミとかに押し掛けられてパパやママには苦しんで欲しい。僕をいつも邪悪な目で見てきた親戚達に迷惑をかけて欲しい。クラスの連中と先生は今殺すから別にいいけど地獄には必ず落ちて欲しい。僕と一緒に落ちて僕はあいつらの隣で笑ってやるんだ。 ロクでなしで全くかまわなかった、この世界は僕が思うより全然優しかったんだ! 人は一人では生きていけない。誰かに支えられて生きている。でもそれが事実でも、僕の心が「感謝の気持ち」を持っていないんだったらそんな理屈も糞食らえだ!大体全てに原因があるから「縁起」の理法が成立するなら、僕が感謝の気持ちをもたないのにも原因があるはずなんだ。でもそれを追求するのはめんどくさすぎる。誰にも感謝してない、それが僕に取っての事実なんだから。 だから僕は台所から盗んできた包丁を鞄から取り出して、そいつの腹目掛けて一息につく。柔らかい感覚の後にまるで水風船を爪楊枝で割った時みたいな空虚さが襲ってきて、それから今度はゴツンッ、という硬い感覚で終わった。 「...ってめぇ!」 それでもなおそいつは僕に憎しみの目を向けるから、僕はそれを素早く抜いて、今度は顔を切りつけてやった。僕が君の命を狙っているのに、どうしてそんな目を僕に向けられるんだ!お前が下で俺が今は上なんだ! 「なんだよその目はよ!」 僕は顔を何回も切りつける。みんなにかっこいいと言われていたその面はもう見る影もなく、真っ赤に染まっていく。 人を切るのはあんまり気分のいいものじゃなかったけれど、だんだんと壊れて泣き始めるそいつは、みていて爽快だった。 「おい誰かあいつを止めろ!」 「先生、先生呼んできて!」 クラスからいろんな声が聞こえてきて、僕を取り押さえようとする連中も出てきた。でもこいつらは僕が虐められている時無視したり笑ったりしたから同罪なんだ。少しは同情するさ、だって虐められてる奴庇ったら、次はそいつが標的になるんだから。でもそれは可能性の話で、結局誰も助けて僕の代わりに身代わりにならなかったから、そんなもしもの話はどうでもいいんだ。事実は「もしも」話なんかよりよっぽどやばいんだぜ。 柔道部のやつが僕の包丁を持つ手を取り押さえる。と同時に僕は空いてる手でポケットから折りたたみ式ナイフを取り出してそいつの脇腹を数回つく。じわりと血が滲み出て、そいつは呻きながら倒れた。きっとこいつが死んだらいじめと無関係の奴が死んだとか言われるのだろう。でも僕は知っている。平等に全て罪は分けられるべきだということを。というよりこのクラスは全員同罪なんだ。罪は等しくみんなで平等に分けましょう。平等であることはみんな大好きだから! 惜しまれながら死んでいくその柔道部にみんな憧れて、これからは誰かが誰かを傷つけている人がいたら、是非止めてあげてください。もし生き残ったらの話ですけど。 「何をやってるんだ!」 僕のいじめを戯れ合いだとか言って無視してきた担任が血相を変えて教室に入ってくる。そういえばあなたのお気に入りの生徒達でしたね、この二人は。ふと、素晴らしいアイディアが僕の頭の中で発生する。近くにいた女子生徒の首をつかんで、僕は人質にとる。 「先生、大人しくこっちにきてください、じゃないとこの子死んじゃいますよ」 そう言って僕は彼女の喉元にナイフを突き立てる。相当怖いのかスカートからおしっこを漏らしているのに気づいた時本気で殺そうかと思ったけど、でもそれじゃあ人質の意味がないから僕はナイフの持ち手で脅しの意味も込めて頭を数発殴った。と、同時に僕は申し訳なく思った。弱い人をわざわざ痛めつけるのは、いじめる奴のすることと一緒だから。本当は女の子の隣にいた男でもよかった。でも人質として有効なのは自分より弱い人だから、しょうがないとも思った。 「わかった、わかったからまずその子を離せ」 「バカじゃねえの?お前が先にこいよ!」 「…わかった、わかったから」 そう言って口先ではいうけれど、先生は一歩も動こうとしない。自分の命が惜しいんだ。そりゃあそうだ、自分の命を投げ出してでも生徒を救うような奴だったら、初めから僕のいじめだって止めてたはずだ。でもそうしないんだからこんな奴が先生になったという事実にもだんだんとむかついてきた。 「なんで先生いかねえんだ!」 「そうだよ、早く助けてあげてよ!」 「それでも先生かよ!」 でもその前にクラス中から批判が起こり始めて、先生は面白いくらいに焦っていた。そしてとうとう我慢できなくなったのか、先生は怒りを爆発させる。 「うるせえ!なんでお前らみたいなクソガキどものために命を投げ出さなきゃいけねえんだよ!元はと言えばお前らがいじめなんか起こすからこうなったんじゃねえか!今までそれを庇ってきてやったのに今更ガタガタ抜かすんじゃねえ!」 先生として、それと人間としては最低なゴミカス発言だったけど、本音を叫んだという意味では百点満点かもしれない回答。クラスに静寂が訪れて、それから笑い声が起こる。僕の笑い声だ。他の連中はドン引きしてたけど、別にいいんだ。大人なんてこんなもんだなんて言わない。なぜなら目の前のこいつは大人じゃないから。こいつは大人になれなかった「大人もどき」で、大人じゃないから。本当の大人とは、夢を諦めなかった子供達の成長した姿だから。優しい心を持った子供の成長した姿だから。 そう悟ったらなんだか満足して、僕は女の子の首を掻き切って、そのままそのナイフを投げつけた。崩れ落ちる女の子から視線が離れていないから判断が遅くなって、心臓の近くを命中する。僕にこんな投擲技術があるのは知らなかったけれど、偶然でも嬉しかった。首をおさえて倒れる女の子も、胸を抑えて倒れる先生ももう助かりはしない。助かる必要も別にないんだ。 そうだ、僕が死んでも、そして彼女ら彼らが死んでも世界は変わらず回り続けているんだ。僕は復讐している時、世界の裏では子供達はサッカーをしているだろうし、偉い人たちはお金に執着しているだろうし、ライオンはしまうまを食べてるだろうし、鯨は優雅に泳いでいるんだ。別に僕は世界の真ん中じゃないし、彼ら彼女らが世界の真ん中じゃないんだ。 世界の真ん中はどこにもないわけじゃないけど、どの命も別に真ん中じゃないんだ。それはマントルとかそういう話じゃない、だってそれは地球の真ん中であって世界の真ん中じゃないから。 哲学のようなそれは僕を一気に冷静にさせる。そうして一息ついた後、僕は血のついた指でクラスに何人残っているのかを数える。先生に投げつけたナイフを回収したり、ドアを塞いだり、色々と考えなきゃいけないことはあるけれど、それはみんな殺してから考えよう。 生きていることが、本当に本当に素晴らしすぎるんだ! 皆殺し、皆殺し、皆殺しだ! ・・・ ・・・ ・・・・・・。 というところで目が覚めた。 変な夢だと思う。でもそれはきっと夜中まで読んできたいじめ復讐系漫画のせいに違いない。 携帯を見て、連絡がきているのに気づいて通知を開く。 最初に殺したあいつと同じ顔をしたアイコンから「今日昼過ぎ飯食いに行こうぜ」という誘いが来ている。 そいつとは親友同士だったから魅力的な誘いだったけど今日僕を止めようとした幼なじみの柔道部の友達と釣りに行くことを思い出して「ごめん今日用事あるから無理」と返す。 その後日課とかしたモーニングコールがあの人質の女の子から来て、「今日妹のピアノの発表会なんだー」とかそういうたわいもない話を少しして、お互いに「大好きだよ」と言い合って電話を切った。 それが終わったら僕は朝食を家族と食べて、僕のことを猫可愛がりするおじさんとおばさんが僕と一緒に遊園地に行きたい旨を母親から告げられる。 そうして父親はこの間の授業参観でいかに僕の担任が生徒思い出いい先生かを話してくる。これで何回目だろう。生徒思いでいい先生なのは、僕が一番よく知っているからそんなに言われても困るものだ。 そうして支度をして釣りをしに家を出て一人で歩きながら、さっきの夢のことを考える。 あの夢の中で見た状況とは全然違う世界に住んでいるのに、なぜだろう、不思議とあの気持ちはわかるような気がする。 世界はロックンロールに生きていた方が、ずっとずっと楽しい気がする。 僕はラインを超えてそれを確かめたい気持ちがすごくあるんだ。 そうしたら世界がふと僕に関心を寄せているような気がして、ポケットを弄ったら魚を捌く用に持っていたナイフが出てきた。 僕は、夢の延長線上に今立っている気がする。 「ありがとう」という言葉は、世界を壊す合言葉に違いない。
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